音符と同じくらい休符も大切にしてあげること

日本語では「休符」と訳され、「休む=リラックスるする」と誤解されがちな休符たち。でも、休符があるからこそ音楽に躍動感や緊張感がうまれるわけで、休符のない音楽は聴いていても疲れるし、魅力的なものにはなりません。
音楽科サポートコーチの高野直人さん(@musician_coach)が次のようなツイートをされていました。
何も行動したくない時があって、何もせずに、1日ボーッと過ごしたとしても、それはそれで自分に必要な時間だったと考えれば良いでしょう。何もしなかった自分を責めたり、悪く思う必要は全くありません。音楽にだって、休符があります。空白の時間も、また意味のあることなのです。

私はこの
「音楽には休符がある、空白の時間も意味がある」
という言葉にとても心がひきつけられました。
確かに休みたいときに必ずしも誰もが休める環境にないこともあります。
むしろ仕事をしていると、休めない環境の方が実際には多いことも分かります。
でも、休むべきところで休むこと。
それもまた音楽に魅力を与えると同時に、人生においても活力を与えてくれる気がします。
自分でも気づかないうちに頑張りすぎて、本当に無理がきて心身ともに衰弱してしまうと、また以前と同じようなパフォーマンスができるように回復するためには相当時間も労力もかかるものです。
休むことは「悪」ではなく、必要なこと。
もちろん音符があってこそ、その音楽がどんな音楽なのか認識してもらえるわけですが、音符と同じくらい休符も大切な役割を担っています。
人生においても、バリバリ仕事をして、自分とは何者なのか出していく「音符」を並べて、自分らしく奏でることが大切なのだと思います。でも一方で、自分のパフォーマンスを最大に引き立てるためにも「休符」をたいせつにすることはもっと大事なことのように思います。
そんな風に書いていたら、自分はつくづくオーケストラのトランペット吹きなのだなと思ってしまいました。
ひたすら休符とにらめっこして、仲間たちの素敵な演奏に耳を傾ける
でも、いざというときにはリーダーシップをもって全体を引っ張っていく
そのようなトランペットという楽器に魅力を感じた自分。
良く言えば、なんだか生き方もそんな風になってきているような気がします。
吹奏楽におけるクラリネットのように、ほとんど休符はないけれど、弦楽器の役割になったり、クラリネット本来の役割になったりと、いつもどこかで何らかの役割を担う人も入れば、テューバのように、目立たないけれど常にみんなの土台となってコツコツとはたらいてくれる人もいます。
役割は人それぞれ。
キャパシティも人それぞれ。
だからこそ、本当に無理が来て潰れてしまう前に、「休む」という決断を選んでいくことはとても大切なことだと思います。
自分も気をつけよう。。。

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