今回のテーマは「軸骨格と腕」ということで、普段何気なく使っている手(腕)についてのレポートです。
以前も何度か「軸骨格と腕の関係」や「指の動き」についてはブログを書いたことがありますが、先日Self Quest Laboの授業で改めて学び、実際に最近の自分の悩みでもあった「楽器の構え方」について考察してみたところ面白い発見があったので、今回はそのあたりを中心にして、現時点での理解をまとめられたらと思います。
|腕の付け根ってどこなの??
「腕はどこからですか?」
「腕の付け根はどこですか?」
と聞かれると、肩のあたり(図1の青矢印)をイメージする人が多いのではないでしょうか。
…かく言う私も、アレクサンダーテクニークの授業で学ぶまではそう思っていました。
図1.軸骨格と腕(青い部分:腕に関わる骨)
しかし実際には図1のように、いわゆる腕の骨(上腕骨)は直接軸骨格と接しているわけではありません。上腕骨は肩甲骨と肩関節をつくっており、その肩甲骨が鎖骨と肩鎖関節をつくり、さらに鎖骨が軸骨格でもある胸骨と胸鎖関節をつくっている、というように、上腕骨から軸骨格にたどりつくためには、肩甲骨や鎖骨を介さないといけないということが分かります。
したがって、軸骨格を中心として考えてみると、腕の付け根は胸骨と鎖骨でつくられる胸鎖関節(図1の赤矢印)であり、鎖骨と肩甲骨が、肩や腕の動きの土台となると考えることができます。
実際、胸鎖関節のあたりを触りながら腕を動かすと、鎖骨がかなり大きな動きをすることが体感できます。「あ~、腕ってここからだったんだ」と実感できるので、部活でも生徒と一緒に確認することがあります。
このことを知っていると、腕を思っているよりも長く使うことができるようになります。必ずしも腕を長く使わなくてはいけないわけではありませんが、「いつでも長く使うことができる状態にしておく」ことで可動域が広がり、より効率的に腕を使っていくことができるのだと思います。
|腕の動きに肩も仲間に入れてあげる
前節でも触れましたが、肩は上腕骨と鎖骨、肩甲骨が連動して、1つのユニットとして動く構造をしています(図2)。
図2.背面から見た腕の骨格(鎖骨が見えない…すみません)
ここではまず、肩関節の土台となっている肩甲骨に注目をしてみます。
肩甲骨は、胸郭の表面に沿ってスライドするように動きますが、その動き方は図3のように多様です。
図3.肩甲骨の動き
したがって、腕だけを動かそうとするのではなくて、肩甲骨が連動してはたらくようにすることで、腕の動きはより広い範囲の動きが可能になります。
実際、二人一組になって、一人が相手の肩甲骨を手のひらで押さえ、もう一方の人が様々な方向に腕を大きく動かすと、肩甲骨が多様な動き、ダイナミックな動きをしていることに気付くことができます。
必ずしも常に肩甲骨を動かさなくてはいけないわけでもありませんが、何か腕に仕事をさせようとしたとき、腕だけに頼るのではなく、この肩甲骨の動きを知っていると、より効率的に腕を使うことができることもあるように思います。
ただし肩甲骨は、胸郭とは筋肉による連結のみで直接連結しているわけではなく、周囲の筋肉の硬直などでズレた状態になりやすいと言われています。肩甲骨がズレてしまうと、連結する上腕骨や鎖骨にも影響が及び、肩関節の可動域が小さくなったり、背中や肩などに凝りや痛みが出ると考えられています。
私自身、小学生の頃から肩こりに悩まされ続けていますが、
「肩甲骨は大きく動くことができる」
「腕の動きに肩甲骨も仲間に入れてあげる」
ということを意識して日頃から腕を使っていくと、肩こりなどにも良い影響が出てくるような気がしています。それでも何らかの原因で萎縮してしまったりすると、すぐに肩こりに表れてくるので、逆に肩こりが自分の精神状態のバロメーターになっていたりします(笑)
少し話が脱線してしまいましたが、次に肘関節に注目してみたいと思います。
いわゆる”二の腕”には上腕骨、肘から下の部分には尺骨(小指側)・橈骨(親指側)という二つの骨があります。肘関節はこの上腕骨と尺骨からなる腕尺関節と、上腕骨と橈骨からなる腕橈関節から成り立っています。
肘関節でもメインの役割を果たし、動きの中心となってているのは、腕尺関節です。上腕骨との関係を見てみると、尺骨は上腕骨と常に接触しているのが分かりますが、橈骨は自由に遊んで動ける状態になっていることが分かります。
このことは、肘をつまみながら、手のひらを上にしたり下にしたり(回外・回内)させてみると分かりやすいです。どんなに回外・回内を繰り返しても、肘のぐりぐりした部分(腕尺関節)は変わりません。
これは、図4のように、回外・回内させたときには、橈骨が尺骨の上を交差するように動いており、上腕骨と尺骨の関係性にはほとんど変化がないことが原因です。
図4.回内、回外時の腕の様子
この動きを知っていると、必要以上に腕や手を大きく動かそうとしなくても、コンパクトに効率よく手のひらの向きを変えることができると思います。これは、楽器を持つときにも利用できる動きです。
では、橈骨はどんなはたらきをしているのでしょうか?
その答えを探すために、さらに腕から手に近づいて、手関節(橈骨手根関節)についてみていきたいと思います。
手関節では、橈骨と手根骨が関節をつくっています。つまり、肘関節ではサブ的な役割を果たしていた橈骨は、手関節ではメインの役割を果たしているのです。
これは自分が楽器を持ったり、日常生活をする中で実験してみて気づいたことですが、腕を使ってものを持ち上げたりするときには小指側(尺骨側)、ものをつまんだりするような指先の動きを必要とするときには親指側(橈骨側)に意識を向けると、動きがスムーズになるような気がしています。
このように、腕や手を使う時には、肩も腕の仲間に入れてあげて、たくさん動ける可能性や機能的に動ける可能性を知りながら、目的とすることをどのように実行していけばよいのか考えてみることで、より効率的に目的に近づいていくことができるように思います。
本当に、人間の身体って面白く、機能的に設計されているものだなぁ、、と思います。
|腕が自由に使えるようになると、呼吸も自由になる!
腕が自由に使えるようになることで、ただ楽器が持ちやすくなるだけではなく、管楽器奏者にとっては非常にありがたい恩恵を受けることができるようになります。それは「呼吸が自由になる」ということです。
それは、肩甲骨や鎖骨などを動かす筋肉に、肋骨など胸郭にある骨に関係しているものも多いからです。
まずは、肋骨に沿ってついている前鋸筋です。
前鋸筋には、次のような役割があります。
・肩甲骨を固定する
・腕を前に押し出す動きを補助する
・深く息を吸う時に肋骨を持ち上げ、吸気筋としてはたらく
この前鋸筋を積極的に使うためには、肩甲骨を前に送り出す意識を持って、背中を柔らかく使えることが大切です。
また、仙骨から始まって、上腕骨(脇の下あたり)にかけて広がる、人体で最も面積の大きい筋肉である広背筋は、肩関節を動かすためにも使われている筋肉ですが、途中で前鋸筋につながっており、結果として呼吸にも影響が及ぶことがあると考えられます。
次にあげるのは、胸板を形成する強力な筋肉、大胸筋です。大胸筋も息を吸うときに補助的な役割をしていると考えられています。
大胸筋には、次のような役割があります。
・大きなものを胸の前で抱える動作のときにはたらく
・腕を押し出す動きに使われる
・腕を上に持ち上げるときも使われる
・息を吸うときに肋骨を拡げる助けをし、吸気筋としてはたらく
そして、首の側面を斜めに通る帯状の筋肉、胸鎖乳突筋です。
胸鎖乳突筋は、鎖骨と胸骨から始まって、頭蓋骨までつながっている筋肉であり、次のような役割があります。
・首を固定して頭部を安定させる
・首を横にひねる動きや肩をすくめる動きに使われる
・肋骨を持ち上げ、吸気に役立つ
他にもたくさんあるわけですが、一見すると腕と呼吸は全然関係なさそうでも、体の中では筋肉がそれぞれに関係するところにつながっており、多かれ少なかれ影響していることがあるというのは、とても面白いことだなと思います。
これらのことは楽器の演奏をするときだけではなく、私たち教員が授業をする時にも応用することができます。チョークで黒板を書きながら、生徒たちに話しかけるとき、腕の使い方に気を付けることで板書が楽になるだけではなく、呼吸が自由になって発声が良くなり、教室によく響く声(決して怒鳴り声ではなく)になったという経験があります。
からだ全体はすべてつながっている。
それを意識して生活することで、必要以上に無理をしなくても改善できることはまだまだたくさんありそうです。
|「楽器を持つ」という固定概念からからだを解放して楽器を持つ!
では、実際に楽器を演奏しようとするときに、ここまででまとめてきたことをどのように活用できるのでしょうか。
最近、顎を自由に使うために、上唇へのマウスピースの密着度を上げることを意識して練習をしています。しかし、これまで下唇にかなり頼って吹く習慣が定着していたため、どうしても不安になるのか、気づくと楽器の角度が下がって、下唇に頼ろうとしてしまい、その結果、調子が崩れてしまうということが悩みでした。
それをアレクサンダーテクニークの授業の際に相談してみたところ、次のような提案をして頂き、実験をしてみることになりました。
まず、楽器を持たずにストレッチをします。
① トップジョイント(AO関節)が動けることを確認して、
② 上を見て、下を見て、右を見て、左を見て、
③ 腕を上に上げて、下に下げて、
④ 腕をいろいろな方向に回してみる
次に、楽器を持って同じストレッチをしてみます。
すると、どうでしょうか。
それまで胸鎖関節を起点として、手を長く使って自由に動けていたのに、とたんに「楽器を構えるスイッチ」がONになって、楽器を吹いて音を出すときの構え方のまま、一気に可動域が狭くなってしまいました。
先生に「楽器は吹かなくていいし、音も出す必要はないと思ってやってみたらどうですか」と促されて、次は思い切り動かそうとしてみます。
それでもしばらくの間は、なかなかマウスピースが口元から離れていくことが怖くて、本来腕が動ける範囲まで動かせるようになるまでにしばらくかかりました。
図5.「楽器を持つスイッチ」ON・OFF時における腕の可動域の違い
これも、長い間楽器を吹いてきたことで、脳と体が「楽器を持つにはこれが最短距離」と学習して、そう持つように完全に刷り込まれた結果なので、練習と学習の賜物ではあるわけですが、こんなにも楽器を持った瞬間に体の使い方に変化が出てしまうのだということを改めて感じ、面白さと恐さを感じました。
しかし、しばらくこのストレッチをやって、次は楽器を吹きながらも腕が胸鎖関節から大きく動く、肩甲骨も自由に動き回れるということを確認していったら、肩や腕の周りの筋肉が自由に動けるようになったこともあってか、呼吸がとてもスムーズになり、楽器も「持ち上げよう」と思わずとも一番「こう吹きたい」と思える位置に自然に持ち上がり、不必要な力をかけずとも、自然に楽に音が出せるようになりました。
このように、1日の始まりや、調子が悪いなと感じた時には、楽器を持たない状態での可動域を確認して、自分自身の体の可能性を体自身に思い出してもらい、本来使えるはずのものを最大限に引き出せる状態に整えていくことも必要だなと改めて思いました。
|でも、やっぱり最初に考えたいのは「頭が動けて、からだ全体がついていく」ということ
ここまで腕のことを中心に書いてきましたが、やはり最初に考えたいことは「頭が動けて、からだ全体がついていく」ということです。
どうしても授業で部分部分を学ぶと、そこだけに注目してしまい、肝心の軸骨格のことを忘れてしまうことがあるのですが、私たちは脊椎動物ですので、とにかくまず軸骨格がうまく機能していないと、それに付随する骨格たちもうまくはたらいてくれません。
大切なことは「枝葉末節見て、根幹を見ず」という状態にならないことだと思います(あ、否定形を使ってしまった…)。
だからこそ、まずは「頭が動けて、からだ全体がついてきて…」というプライマリーコントロールからはじめる必要があると思います。その上で、もともと持ち合わせているとても機能的な体の構造を上手に使って、効率よく自分のやりたいことをやっていくことができるように思います。
自分もまだまだ部分部分で見てしまう習慣があるので、「物事の根幹にあること」を大切にしながら、探究の旅を続けていきたいと思います。
★参考文献
- ブランディーヌ・カレ-ジュルマン「新 動きの解剖学」(科学新聞社、2009)
- 「アレクサンダー・テクニークの学び方 体の地図作り」バーバラ・コナブル、ウィリアム・コナブル(誠信書房、1997)
- 「プロが教える 骨と関節のしくみ・はたらき パーフェクト事典」石井直方、岡田隆 (ナツメ社、2013)
- 「プロが教える 筋肉のしくみ・はたらき パーフェクト事典」石井直方、荒川裕志(ナツメ社、2012)
- 「よくわかる首・肩関節の動きとしくみ」永木和載(秀和システム、2014)
※記事中の図は、我が家にある骨格標本を写真に撮って加工したものなので、実際の骨格とは若干異なっていることがあります。ご了承ください。
ピンバック: トランペットを構えるときに知っておきたい腕のこと | とあるラッパ吹きのつぶやき