部活動ガイドラインは何のためにあるのか?

昨年末に出された文化庁から「文化部活動の在り方に関する総合的なガイドライン」については、私も以前ブログに考えをまとめたことがあります。

「これからの部活動の在り方」を考える。

下にあげたガイドライン中の”策定の経緯”にもあるように、部活動ガイドラインはあくまで「子どもたちの成長を願う」という思いからのものであり、最近大きく取り上げられている“教員の働き方改革”(これも結果としては子どもたちのためになるのですが)とは切り離して考えるべきだというのが、私の考えです。

生徒の自主的、自発的な参加となるよう生徒が参加しやすいように実施形態などを工夫するとともに、生徒の生活全体を見渡して休養日や活動時間を適切に設定するなど生徒のバランスのとれた生活や成長に配慮することが必要

文化庁「文化部活動の在り方に関する総合的なガイドライン」より引用

 

実際に今年度から実行されて、限られた時間の中でどのように練習を効率化すればよいのか、それでも練習時間が足りなくて悩んでいるという声も多く聞きます。

しかし先日、Twitterで次のようなツイートを見かけました。

新しいことを始めたり、これまでの慣習を改めたりするときには、一筋縄ではいかないこともあるのが当然です。元に戻したいと思ったり、昔を回顧する気持ちになるのも分からなくはありません。また、もっとやりたいと思う子たちの気持ちは大切にしたいですし、上達するにはじっくり時間をかける必要があることも実感として分かります。

ただ、部活動の主役は子どもたちであり、大人はあくまでサポート役です。何のために制定されたガイドラインなのかなぜガイドラインを作成する必要が出てきたのかを理解して、子どもたちにその意図を伝えることが大人の役割であるわけで、くぐり抜ける方法を大人が主導してつくるのは本末転倒なことです。

上のツイートについては、多くのプロの奏者の方々が「ガイドラインは非常に合理的な内容」「上達しないなら量ではなく質の問題」と批判のツイートをされていました。私はプロ奏者ではありませんから、楽器の技術や音楽についてあまり専門的なことは言えませんが、教員としてこのガイドラインをどう捉え、どう生徒たちに伝えていけばよいのか、今考えていることを今日はつぶやいていこうと思います。

 

人の集中力はどのくらい保てるものなのか?

東京大学の池谷裕二教授の研究によると、60分間通して学習するよりも、15分×3(計45分)の学習をした方が、学習成果が出ることが実証されています。つまり、長時間やり続けるよりも、短時間で集中してやった方が身に付くことが多く、長期的に見た時にも成果が大きいということです。

具体的には、40分を超えたあたりから集中力は低下し学習成果は低下するそうです。小学校の授業が45分授業、中高の授業が50分授業であることも、(元々は経験則かもしれませんが)こうした科学的な裏付けがあるからだと言えるでしょう。

私自身、大学の90分授業がどうしても慣れず、どんなに興味深い内容でも、どんなに話の上手な教授の授業でも、授業の半分を超えたあたりで眠気が出てきて集中できなくなっていった記憶があります。今考えてみると、授業の半分はちょうど45分だったわけで、池谷教授の研究は実感としても分かる気がします。

教員になって子どもたち相手に授業をするようになってからも、50分授業の終わりに近づく頃には意欲の高い生徒であっても、疲れた表情になってくるのが伝わってきます。むしろ、集中して授業を受けている生徒ほど、エネルギーを使って疲れているのかもしれません。

 

では、部活はどうでしょうか。

部活が始まる放課後には、1時間目から6時間目まで授業を受けた時点で、すでに45分の集中サイクルを6回も繰り返している状態になっています。仮に部活動が4時~6時の2時間だったとしたら、さらに追加で集中サイクルを2.5回くらい追加する必要があります。それに加えて、帰宅後に予習や復習、宿題などに2時間かけるとしたら、追加で2.5回です。真面目に取り組んだら、これだけでも1日11回も集中する時間を繰り返すことになります。

大人でも、これを毎日週5日続けることは結構なエネルギーを使うと思います。

さらに土日に1日中部活があるとしたら、このサイクルを休みなく毎日続けていくことになります。さすがにこれでは脳も疲れてしまいますし、どこかで非効率な学習・練習になってくることは目に見えて分かります。

もちろん「そんなに授業に集中していないよ」とか「帰って勉強なんてしないよ」という方もいらっしゃるかと思いますが(自分の中高時代を振り返ると完全にそうでしたが…)、学生の本分は学業であると考えると、学習に集中できる環境を整えることも学校の役割であり、大人の責任であると思います。

ガイドラインにある「週2日以上の休養日+土日の活動3時間以内」という規定はこうした点からも合理的であり、学習と部活動のそれぞれに成果を上げ、両立させていくために必要なものだと考えることができるでしょう。

ちなみに、土日の活動3時間という数字ですが、午前なら9~12時、午後なら13~16時で活動すると考えると、「半日」をより具体的に表した数字であり、これはこれで適正な数値だと考えられます。この時間を上手く活用して、音楽づくりに集中できたらよいのではないかと思います。

 

まずは「やりたい」と思う気持ちを育む環境づくりを!

活動時間が限られた中で最も必要なことは、

部員一人ひとりのモチベーション(と集中力)

だと思います。

「何だ精神論じゃん」と思われてしまいそうですが、どんなに効率化するために良い方法があったとしても、一人ひとりのモチベーションがなかったら、暖簾に腕押しです。もちろん、モチベーションがあるだけでも上手くはいかないのですが、何となく「その場にいれば誰かが何とかしてくれるだろう」という受け身の姿勢では、どうしても時間はかかりますし、ましてや吹奏楽のように大人数の部活だったら、どれだけ時間があっても足りなくなってしまうでしょう。

集中して物事に取り組むためには、一人ひとりの中に「上手くなりたい」「できるようになりたい」といった「〇〇したい」という意欲が絶対に必要です。

 

では、人はどのような時に「〇〇したい」という欲求を持つようになるのでしょうか?

アメリカの心理学者、マズローの「欲求5段階説」によると、人間の欲求は下図にあるように、5段階のピラミッドのように構成されていて、低階層の欲求が満たされると、より高次の階層の欲求を欲するとされています。

恐らく多くの人にとって、「部活をしたい」「音楽をしたい」といった気持ちは、下から三番目の「社会的欲求」や頂点にある「自己実現欲求」の中に含まれると考えられます。

そのように考えると、まず「食べたい、飲みたい、寝たい」という生理的欲求が満たされており、かつ「安全・安心な暮らしがしたい」という安全欲求が満たされている状態でないと、それ以上の欲求を持つことはなかなか難しいと考えられます。

つまり、ヘトヘトに疲れていて睡眠不足になっていたり、その場にいることが安心・安全でなかったりしたら、本能として「部活どころではない」と感じるのではないかと思います。

そうした最低限の欲求を満たせるような環境をつくる上でも、このガイドラインは必要と考えられているのではないでしょうか。

 

その上で、部活に対して、音楽することに対してのモチベーションを高める仕掛けをしていくことも必要なことです。具体的には、

  • 「できた」と実感できる体験をできるだけつくる
  • 一人ひとりをよく見て、少しの上達も見逃さないようにする
  • 上達に悩んでいる生徒に、次に向かうための適切なヒントを出す
  • 教員が一方的に指示を出すのではなく、生徒自身が考えてやったことを肯定的に支えていく
  • プロの奏でる素晴らしい音楽をたくさん聴かせる(できれば生で)

といったことがあげられるかと思います。

これらのことを顧問だけでやっていくのは大変ですから、必要に応じて、専門家の力を借りていくことも大いに必要です。教員が何でも自分でやろうとし過ぎるよりも、専門家と協力して様々な視点からアプローチをしていくことが大切なのだと思います。

 

とはいえ、これだけインターネットや情報機器が発達し、知りたいことは調べればすぐにわかる、YouTubeで検索すれば観たい動画をいつでもどこでも見られる、など便利な世の中になっている今、楽器の練習のように、ある程度試行錯誤を重ねながら時間をかけて身につけていくものを「楽しい」と感じ、それを継続するためには、ある程度時間をかけてその世界に浸ることがないと難しいことなのかもしれません。

しかし、人間は本来好奇心旺盛な生き物です。スマホのゲームであったとしても、様々な情報を集めて、クリアするために試行錯誤を重ねるでしょうし、難しいことであればあるほど、それを解決した時の喜びはいつの時代も変わらないものだと思います。一度「やりたい」という気持ちに火がついたら、人はそれを続けるために工夫もし始めるものです。これがあってはじめて、”効率化”が実現するのではないかと思います。

このことについてはまた改めて考えてみたいと思いますが、学習でも楽器の練習でも、ゲーム開発の土台にある考え方が応用できるのではないかと考えています。どのように興味を引き、継続して取り組んでもらえるものをつくるか。それが学校現場でも求められることのように思います。

 

「制限」があることを利用して活動を楽しむ!

自分の中高時代を振り返ってみると、中学は平日2時間×2日、高校は平日2.5時間×3日+土曜4時間という活動日で、夏休みや冬休みなどの長期休暇中も活動可能なコマ数が決まっており、活動時間はかなり限られていました。でも、かけがえのない大切な時間だったと思いますし、時間が限られている割にはたくさんの本番をよくこなしていたなと思ったりもします。

もちろん、もっと練習時間があったら良かったのにと思うこともありましたし、練習日以外も学校に残って自主練習をしたり、高校生になってからは時々ですが顧問の先生にも内緒で外部のスタジオを借りて練習したり、河原で練習をしたり、といったこともありました。今考えると何かあったときの責任をどう取るのかヒヤヒヤしますが、自分たちで必要と考えたことを自分たちの責任のもとにやるという点では、いろいろ勉強させてもらったと思います。

しかし、いずれにしても顧問の先生や外部講師の先生に強制されてやったことはありません。上記のような学校の規定の抜け道となる事案を大人から耳打ちされたこともありません。あくまで自分たちがやりたいからやっていた、というのが本当のところです。

このように、自分自身も部活の時間だけでは足りない、もっとやりたいと思っていた人間ですので、ガイドラインが制定されたおかげで、それまで思う存分部活に打ち込むことができていた子どもたちが、もっとやりたいのに抑え込まれてしまうことは辛いだろうなと思います。できれば正々堂々と、子どもたちがやりたいだけ思う存分部活をやらせてあげたいと思う顧問や指導者、保護者の方の気持ちもわかります。

 

一方で、部活に対しての熱の入れ方は人によって違うということもこれまでたくさん経験してきました。

中高時代はとにかく部活大好き人間だったので、「もっとやりたいと思わない子」「自主練に来ない子」の気持ちが本当にわからなくて、「選んで入ってきた部活なんだし頑張ろうよ」とずっと思っていました。その中でなかなか気持ちがすれ違ってしまったり、まとまらなかったりして悔しい思いをしたこともたくさんありました。

しかし教員になって顧問として生徒たちと関わっていく中で、改めて部活に入った理由は様々で、音楽や楽器にどの程度気持ちをかけているかも少しずつ違うし、そういった多様な考えを持つ人が偶然1つの部活に集まって、1つの舞台を作っていく面白さも感じるようになりました。

数年前、中高時代に部活への意識の違いから度々ぶつかっていた友人と話す機会がありました。彼女は「私はがっつりコンクールに向けて失敗は許されないという雰囲気で部活をやることは苦手だったけれど、楽器も好きだったし、みんなで合わせることも楽しかったし、練習だって頑張っていたつもりだけど、なかなか分かってもらえなかったんだよね」と私に言いました。

音楽の楽しみ方は人それぞれあるのだと思います。「部活なんだからこうあるべき」と一括にくくるのはとても難しいことですし、一部の行き過ぎた部活動によって、それについていけなかった子どもがいじめにあったり、音楽そのものを嫌いになってしまうような自体になってしまったら、とても残念なことだと思うのです。

音楽を追究していくとき、何かをできるようにしようとしたときには、時間もかかるものですし、楽しいことだけではないかもしれません。ただ最後に「やってて良かった」「楽しかった」と思うことができる活動を考えた時に、ある程度のところで制限をすることも必要なことなのだと思います。

忘れてはいけないことは、ガイドラインは教員側の視点からのみ制定されたものではないということです。「もっとやりたい」と望む子どもたちや保護者がいる一方で、部活との両立に悩み、「部活も頑張りたいけれど勉強も他のこともしっかりやりたい」と望む子どもたちや保護者も少なくないのも事実です。実際、自分の勤務校では、5年くらい前に生徒や保護者の方から部活動の活動時間に一定のルールを決めてほしいという要望があり、平日2時間×3日+土日のどちらか1日(土曜日は授業日なので半日、かつ土曜午後、日曜午前・午後をそれぞれ1コマとカウントし、1ヶ月の土日のコマ数の半数を超えないこと)と決まりました。正直「もう少し時間があればな」と思うことも多いですし、個々の譜読みにも時間がかかる中で合奏が進まないこともありますが、限られた時間の中、自分たちで練習時間をどう使っていこうかという意識は強くなったような気もしています。

時間には限りがあります。だからこそ、タイムマネージメントの力を身につけていくことも大切ですし、限りある中でどれだけ良いものをつくれるかを探究していくことも非常に創造的なことだと思います。

ゲームでも、ちょっとハンデがあった方が燃えたりすることはないでしょうか?
部活でも少しキツめのハンデを背負いながら、その中で達成感を見つけていけたらとても楽しいように思います。

 

その上で、もっとやりたい子にはどのように対応すればよいのか。

先日参加した東京学芸大学の公開講座「吹奏楽教育の未来を考える」で紹介された”コミュニティバンド”がそれを支えていけるのではないかと私は考えています。

「未来の吹奏楽教育を考える」に参加して ②コミュニティバンドを育てる

 

ガイドラインやルールは、そのこと自体を守るためのものでもあります。守らない人や抜け道を探る人が増えたら、もっと厳しく、細かくなっていくものです。教員の働き方改革とも絡めて、”部活を学校から切り離す”という声も大きくなりだしているところで、ガイドラインの抜け道を探したり、守らなかったりということが増えたら、部活動の存在さえも廃止されてしまう方向に動きかねません。

ガイドラインは、公立学校だけでなく、私立学校に対しても投げかけられているものです。例外なくガイドラインを遵守し、その中で日本の吹奏楽を盛り上げていく方法を、いろんな立場の人たちが協力して考えていけたらと思います。

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