一人ひとりにとって大切なものは何かを考えて指導すること

この時期、大学合格者の延べ人数を比較した「高校別合格ランキング」なるものが発表され始めます。私も私立学校でずっと進路指導を担当していますので、この数が翌年の勤務校の受験者数に少なからず影響することもあり、目を通すようにはしています。
ただ、このランキングを見たり、「○○大:▲▲人」という掲示を見たりすると、少し思うところもあります。もちろん「難関」といわれる大学を目指すこと自体は悪いことではないし、中学や高校選びの一つの目安になることは分かりますが、それに踊らされて生徒が駒のように数えられていくことに悲しさを感じるのです。
生徒一人ひとりにとって、何が良い進路なのかというのはそれぞれ違うものです。もちろん難関校を志望する子がいたら受かってほしいし、そのために助けられることがあったら精一杯やりたいという思いで進路指導にも教科指導にもあたっているつもりです。でも、それ以上に一人ひとりが自分に自信を持って人生を歩めるように送り出したいというのが本音でもあります。
部活でも同じようなことが言えると思います。
全国大会に出てくるような学校の多くは、コンクールだけでなく年間にたくさんの本番があって、その中でいろんな音楽に触れる機会もあると思いますし、先生方も勉強熱心な方が多い気がします。もちろん活動日数が限られているために本番も制限しなければならなかったり、忙しくて勉強したくても外に出られない先生方もたくさんいらっしゃいますので、全てのバンドが同じようにできる訳ではありません。ただ、「全国バンドはこんな練習をしている!」といって一部だけをちょろっと真似して、コンクールの結果だけに執着して指導してしまうのは問題だと思います。
コンクールでできれば良い成績を残したいと望むことは自然なことです。良い成績を残して、それに憧れて志望してくる入学生がいて、部活がどんどん活発になっていくのも悪いことではありません。でも、コンクールで成績を残すことだけに執着して、生徒を駒のように扱ってしまってはいけないと思うのです。
全国には丁寧に一人ひとりを見て指導されている先生方もたくさんいます。部員一人ひとりとノートのやり取りをしたり、練習中教室を回って一人ひとりに声をかけたり、時間があれば個人レッスンをしたり、そういう先生方の並々ならぬ努力を私も目の当たりにしてきました。そして、結果としてそれがコンクールの結果に結びついている例も非常に多い気がします。
クラスで、授業で、部活で関わっている全ての生徒一人ひとりと毎日言葉を交わすことは容易いことではありません。つい「クラス」「学年」「部活」といった単位で生徒と関わる場面の方が多くて、一人ひとりとじっくり向き合う時間はなかなか取れなかったりもします。でも、できるだけ生徒たちの輪の中に入ってコミュニケーションをとる努力をすることは必要ですし、生徒を集団として見るだけでなく、一人ひとりがどのような状況にあり、どんな望みを持っていて、どんな心配を抱えていて、どういう風にすれば力を伸ばしていけるかを考えることは、教育に携わる上で最も大切な土台になるように思います。
とはいっても自分もまだまだ力不足で、なかなか一人ひとりと向き合えていないなと感じることばかりです。自戒の意味も含めて、進路指導でも部活でも、目の前の生徒一人ひとりにとってどうか、生徒の意思を無視していないか、というところには敏感でありたいなと思います。
人生も音楽も長く続くもの。
大学受験もコンクールの結果も通過点の一つに過ぎません。

だからこそ、一人ひとりがこの先どんな道を歩いていくのか、一人ひとりに添って考えられる指導者を目指したいものです。

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