譜面への書き込みについて思うこと

Twitter上で譜面への書き込みについていろいろな意見を見かけたので、少しつぶやいていこうかと思います。
吹奏楽をやっていると、「とにかく注意されたことは譜面に書き込め!」といわれることが多いと思います。特に中高生のうちは、言われたことを譜面が真っ黒になって音符が読めなくなるくらい書き込むこともあるように思います。
自分自身、中高生のときは譜面にいっぱい書き込みをすることがよいとされていたし、筆記用具を持っていなかったら指揮者や先輩に「やる気がないのか!」と怒られる勢いでした。だからコンクールの譜面などは原形をとどめないほど書き込みで真っ黒だったし、もはや音符を読むというよりは、本番の自分へのメッセージのようなものになっていた気がします。とにかく先生や先輩の言葉を一言一句書き落とさないようにガンガン書き込んでいました。
大学でオケに入ってからも、なんとなくその習慣は残っていたのですが、トレーナーだった北村源三先生に「何でもかんでも書き込むな。頭の中に書き込むんだよ。」と言われて以来、「ここは絶対指揮見るマーク{%眼鏡docomo%}」「音程高くなりやすい矢印↓」など記号化したこと以外は、本当に必要なこと以外は自然と書かないようになりました。
確かにそのときの状態によって注意されることは変わってくるし、書くことで後から思い出すこともできるけれど、書かずに頭で理解し次につなげようとすることで、より集中して練習に臨むことができるような気もします。頭の中に必死に書き込んだ情報の方が、後で生かせるようにも思います。
授業の板書も一緒です。板書を一生懸命ノートに写し取るだけで終わってしまっては仕方がありません。もちろん黒板に書かれたことだけでなく、口で言ったことも書き取っておけば、後で自分一人で復習をするときには役に立ちます。でも、何も考えずに黙々とノートに書き込むだけでは、あとでどこが重要だったのか分かりにくいし、場合によっては書かれている意味が分からずに1から勉強し直す必要も出てきてしまいます。もちろんそれ自体が悪いことではないし、その分、身につくものは大きいかもしれないけれど、効率は悪いような気がします。
話が脱線してしまいましたが、本当に音楽を追求していくのであれば、譜面が原形をとどめないほど書き込むことはあまりよいとはいえない気がします。それは、譜面に書かれた音符に作曲者の魂が込められており、それを読み取って表現する責任が奏者にあると思うからです。
でも、どんなに頭の中に書き込もうと思っていても、注意されたことをすべて記憶しておくのは難しいことです。その場合、別に小さなメモ帳でも用意しておいて、「いつ」「誰に」「どんな指摘をされたか」を記録しておくことは有用かと思います。そうすれば、練習を進めていく中で変わってくる指示にも対応することができるだろうし、個人練をする際の指標にもなるだろうと思います。
要は、ただ決まり事だから書き込む、というのではなくて、自分の頭で消化させながら、必要なことは頭とメモ帳に記録しておくというのが私なりの結論です。
それでも、学生時代の書き込みいっぱいの譜面は思いでの詰まった宝物なんですけどね…(苦笑)
またまたまとまりのない文章になってしまいましたが、今日はこの辺で。。。

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