これから管楽器を始める人に伝えたい呼吸のしくみ

一斉休校の期間が長く続き、それにともなって部活動も活動停止を余儀なくされました。今も思うように練習ができない学校も少なくないように思います。

私の勤務校でも、2月の終わりに、春休み中の定期演奏会の中止が決まり、そこから4ヶ月間、活動ができない状態が続きました。中学1年生は、学校に慣れることが優先ということもあり、2学期になってからの入部になります。

このような状況の中で「自分に何ができるか」と考えたとき、これまで学んできたことを、できるだけ実態に沿って伝えることで、少しでも楽器を吹くことを楽しめたり、上達する喜びを味わえたりすることをお手伝いすることなのかなと思いました。

ということで今回は、久しぶりに楽器を吹く人や、これから部活に入って楽器を始める人に向けて、「呼吸のしくみ」について、今考えていることをまとめてみたいと思います。

 

そもそも「呼吸」って何のためにしているの?

管楽器の音の源となっているものは、「息」です。

それぞれの楽器で音の出る仕組みは違いますが、息があって、息の流れができて、音のもととなる振動が生じないことには、楽器の音が鳴ることはありません。

それだけ、管楽器を演奏する上で「息」は大切なものです。

では、「息」の正体は何でしょうか?

簡単に言ってしまうと、息の正体は「空気」です。では、なぜ体に空気が出たり入ったりするのでしょうか? ちょっとここからは理科っぽいお話をしてみます。

 

生物が生きていくためには、エネルギーが必要です。エネルギー不足では、生物は生きていくために必要な生命活動を行うことができません。

このとき、エネルギーの源となるものは食べ物の中に含まれる有機物です。しかし、有機物はそのままではエネルギーとして使うことはできません。使えるエネルギーの形にしてあげるためには、有機物を細胞内で分解する必要があります。

細胞?分解??と少し難しく感じるかもしれませんが・・・

ものを燃やすと、熱や光のエネルギーが発生しますね。「あ、燃えてる!」と感じるのは、熱かったり、炎があがっていたりするときではないでしょうか。このときも、ものを燃やすのに酸素が使われています。酸素がないところでものは燃えることはできません。

これと似ていて、細胞が有機物を分解してエネルギーを取り出すときにも、酸素が使われています。このように、細胞の中で酸素を用いて有機物を分解(酸化)し、そこからエネルギーを取り出すしくみを「呼吸」といっています。このとき、エネルギーとともに二酸化炭素と水がつくられ、これらが余った空気とともに息として吐きだされています。

 

というわけで、私たちが生きていくためにとても大切なからだのしくみである呼吸。でも、普段生活しているときには、ほとんど意識をすることなく、勝手に呼吸は行われていると思います。「呼吸法」なんて習わなかったとしても、私たちには本来、生きていくための呼吸のしくみが備わっているのです。

 

 

なぜ「呼吸」を学ぶ必要があるの?

しかし、「腹式呼吸」「胸式呼吸」「〇〇呼吸法」など、身の回りには呼吸に対するいろいろな方法論があふれています。特に、管楽器を演奏する際には「腹式呼吸の練習をしましょう」と言われることが多いかもしれません。

もともと呼吸をするしくみは自然に備わっているのに、なぜ、改めて呼吸について学んだり、練習したりする必要があるのでしょうか?

その最も大きな要因は、「管楽器を演奏する」ということが、日常生活の中ではありえない”不自然な”呼吸を使うことだからです。

例えば、普段生活している中で、一瞬で息を吸って、8秒間とか、16秒間といった長い間吐き続けるということはまずないと思います。また、一瞬で強い息を吐きだしたりということもほとんどないでしょう。というより、意識して呼吸をするということ自体があまりないのではないでしょうか。

 

管楽器の演奏は、「呼吸」という従来自然に備わっている方法を使って行われるものではありますが、意識的に呼吸をコントロールしていく必要があります。でも、生まれてから絶えず行っているにもかかわらず、そのしくみを知らなくても行うことができてしまっているため、意外と呼吸について知らないことも多いように思います。

だからこそ、呼吸のしくみについて学び、身体の中で起こっていることのイメージを明確にすることで、自分の持っている呼吸のシステムを、より効率よく、効果的に使っていくことができるはずです。

というわけで、前置きが長くなってしまいましたが、早速呼吸が行われているとき、身体の中ではどのようなことが起きているのかを見ていきましょう。

 

「呼吸」が行われているとき、何が起こっているの?

呼吸が行われている器官は、肺です。口や鼻から取り込まれた空気は、気管を通って肺に運ばれ、ここで酸素が取り込まれると同時に、不要になった二酸化炭素などが交換され、再び気管を通って口や鼻から外に出ていきます。

では、どのようにして空気を外から取り込んだり、外へ排出しているのでしょうか。

下の図は、肺の構造がどのようになっているのかを表したものです。

肺は意外と大きな器官で、ろっ骨にそって存在し、上端は鎖骨の上の高さくらいまであります。また、肺を包み込むようにろっ骨が存在しており、ろっ骨は三次元的にいろんな方向に動くことができます。そして一番下の部分には、「横隔膜(おうかくまく)」という筋肉が、肋骨とお腹の内蔵を隔てて存在しています。

さらに、この「横隔膜」に注目をしてみましょう。

横隔膜は、下から覗いてみるとドーム型をしており、背面まで覆っている大きな筋肉です。焼肉でいうと「ハラミ」と呼ばれる、比較的赤身の多い部位です。

 

実は、呼吸とこの横隔膜との間に、深い関わりがあります。実際、息を吸うときと吐くときでは、どのようなことが起こっているのでしょうか。

NHK for Schoolの動画に、「模型で見る呼吸の仕組み」という分かりやすい動画がありましたので、まずこちらを観てみてください。

 

まとめると、次のようになるかと思います。

【息を吸うとき】
横隔膜は収縮して下に下がり、肋骨の間隔は広がり、肺が広がっていき、息が入る

【息を吐くとき】
横隔膜が弛緩して上に上がり、肋骨の間隔は狭くなり、肺がしぼんでいき、息が出ていく

実際、横隔膜の緊張と弛緩だけで、ほとんど(75%~85%)呼吸はできてしまうそうです。しかも、息は吐こうとしなくても横隔膜がゆるんでろっ骨が広がる力が止まれば、ひとりでに息は吐き出されます。

このように、横隔膜と肋骨、肺の関係だけに注目をしてみると、呼吸をしているときに身体の中で起こっていることは、いたってシンプルです。

 

なぜ、呼吸に「胸式」と「腹式」があるのか?

いわゆる「呼吸法」というものを調べてみると、大きく「胸式呼吸」と「腹式呼吸」に分かれると言われています。中学理科の参考書には、次のような解説がありました。

【胸式呼吸】
横隔膜をあまり動かさずに、ろっ骨とろっ間筋という筋肉を使って呼吸する方法。ろっ間筋の収縮によりろっ骨全体を広げたり、せばめたりして、胸腔内に空気を取り入れたり、排出したりする。

【腹式呼吸】
横隔膜を大きく動かして呼吸する方法。安静時の呼吸の75%は腹式である。

(学研パーフェクトコース中学理科より引用)

実際呼吸をしているとき、どちらかだけを使うということはほとんどないですし、両方を上手に組み合わせて使っていくことが必要なのだと思いますが、なぜ「胸式」と「腹式」を区別したり、「お腹に息を入れなさい」という指示がされているのでしょうか。

 

先程確認したように、息が入るところは「肺」であって、決して「お腹」ではありません。それでも「お腹」が注目されるのは、恐らく横隔膜の動きと関係があります。

「お腹に息を入れなさい」という指示は、横隔膜が下がることによってお腹の中にある内臓が押し下げられるため、結果としてお腹がふくらんでいるような感覚になるところからきていると考えられます。

ですから、「胸式」「腹式」にこだわることなく、身体のしくみを知った上で「使えるものは全部使ったらいい」くらいの気持ちで呼吸を考えていった方が、より効率よく息を取り入れたり、吐きだしたりすることができるように思います。

 

管楽器を演奏するときに知っていると得する呼吸の話とは?

初めに書いたように、管楽器を演奏するときは、普段生活しているときよりも”不自然な”呼吸をする必要があります。

普通に日常生活を送っているだけであれば、勝手に身体が必要な酸素の量を判断して呼吸数を調節したり、横隔膜やろっ骨の動きをコントロールしてくれると思うのですが、管楽器や歌のように、音楽を奏でるために息を使う際には、自分自身が意識的に息やそれに伴う身体のコントロールをしていく必要も出てきます。

とはいえ、先程「横隔膜は直接脳が指示して動かすことができる筋肉ではないとされている」ということを書きました。ではどうすれば、呼吸を意識的にコントロールすることができるのでしょうか。

実は、横隔膜以外のところを意識的に使うことで、間接的に肺をふくらませたり、へこませたりすることができるのです。これを知っていると、よりパワフルに息をコントロールすることができ、管楽器の演奏に有利にはたらくこともたくさんあります。

 

では、まず息を吸うときに注目をしてみましょう。

先程確認したように、

横隔膜が緊張することで下に下がり、ろっ骨が動いて開いていって、
強制的に肺がふくらんで息が取り込まれる

というのが息を吸うときの基本的なしくみです。

でも、横隔膜の力だけで足りないときは、ろっ骨を広げるための筋肉(外肋間筋、胸鎖乳突筋、斜角筋)を使うこともできます。ちなみに、ろっ骨よりも下の筋肉は、息を吐き出すために使われており、息を吸うときには使いませんので、お腹はゆるめておいた方が、たくさん息が入りやすいと考えることができます。

実際には、それぞれの筋肉を操ろうとするというよりは、ろっ骨を前後左右に広げようとしてみたり、胸全体を上に持ち上げるように指示を出してみると、結果としてこれらの筋肉が使われて胸腔が広がり、息がたくさん取り込まれるようになるように感じます。

それでは、実験です。

① 鼻から空気を吸ってみます
② もうこれ以上吸えないと思ったら、ろっ骨を前後左右に広げてみます
③ さらに胸全体を持ち上げてみます

動きとともに、息が取り込まれていくことがわかるでしょうか? もしかしたら、息を吸った結果、身体の動きを感じることができた、と思う人もいるかもしれません。

楽器を演奏するとき、③まで必要になることは稀であるようにも思いますが、いざというときに「もっと吸える」ということを知っていると、助けになるように思います。

 

次に、息を吐くときにどんなところを使っているのか、息を長く吐き続けることで実験してみましょう。

①口から息を吐きだします
②これ以上吐けないと思ったら、どうにかして肺に入っている空気を外に出そうとするように、使えるものはないか、いろいろ試してみます

恐らく、最後は腹筋を使おうとするのではないでしょうか。

腹筋群が収縮する(使われる)ことによって、内臓が押し上げられ、横隔膜を上に押し上げ、胸腔を狭くして肺から息を押し出してあげることができるので、腹筋を上手に使うことは有効です。

通常、息を吐くときは、ろっ骨を縮めるための筋肉(内肋間筋)がはたらき、さらに縮むために腹筋がはたらきます。とはいっても、腹筋にはいわゆる”シックスパッド”といわれる「腹直筋」だけでなく、内部に「外腹斜筋」「内腹斜筋」「腹横筋」とよばれる筋肉が層になって存在しています。

このうち、呼吸の時に意識したいのは、深層にある「腹横筋」です。もちろん、腹横筋だけ意識的に使うことは難しいわけですが、「できるだけ奥の方」と思って使ってみると、よりパワフルに息を送り出してあげることができます。

一方、一番表面にある「腹直筋」を最初に使ってしまうと、表面だけが固まってしまい、息を送り出すサポートが弱くなりがちです。しかし、腹筋運動と言えばこの腹直筋を鍛える運動ですし、「姿勢を正しく」と言われたときに腹直筋を使ってお腹を引っ込めて緊張感を保つのは、日本人は非常に得意です。私自身、「腹筋を使おう」と思ったときに、真っ先に腹直筋が使われやすいという習慣があります。

 

だからこそ、できるだけ自分の身体の一番深いところ、軸になるところに意識を向けてみることが大切です。

そのとき、アレクサンダーが発見した「頭と背骨全体の機能を邪魔していなければ、その人全体がうまくはたらく」という「プライマリー・コントロール」に立ち戻ってみると、自然と自分の軸に意識が向き、深層部分の筋肉たちがよりエネルギッシュに動き出すような気がします。

 

初めに書いたように、呼吸とは、生きるためのエネルギーを作り出すための大切な生体反応です。だからこそ、生き生きと息を取り入れ、エネルギッシュに息を吐きだし、生きている喜びを、息を使って音楽で表現できたら素敵だなと思うのです。

だからこそ、「呼吸」を大切にしながら、練習を続けていきたいものです。

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