理想と現実の間で ~どんな音楽を自分はつくりたいのか~

今日は、様々な人のツイートに考えさせられた日でした。
そこで、自分の考えを整理するためにも、この場でまとめておきたいと思います。
まず、@MASA_Musicさんが次のようなツイートをされていました。
レベルによって指導の仕方は変わります。
超初心者…音楽や楽器演奏の楽しさを教える指導
初心者…基本を中心とした厳しい指導
中級者…理論の説明も交えた対話重視の指導
上級者…指導者は裏方に回り自主性を育てる指導

もちろん、すべてのバンドに当てはまるわけでもなく、指導者が自分に自信を持ちすぎて他から吸収しようとしないことを危惧してのツイートであると思いますが、自分は一体、普段どこを目指して指導をしているのか、明確な信念があるようで、でもぶれているような気もして、すごく考えさせられました。
今の自分は、中上級者向けの指導を目指しつつも、超初心者向けの指導を心がけているような気がしています。足りないのはきっと、初心者向けの基本を中心とした厳しい指導なのだろうなと思います。
なぜ厳しくできないのか。それは、自分が「厳しさ」の本当の意味を理解できていないか、「厳しさ」に自分自身が耐えられないかのどちらかのような気がしてなりません。
でも、どんな相手でも、自分が指導される立場であっても、超初心者に向けた指導の心は忘れないでいけたらなって思うのは、やっぱり音楽は楽しいものだし、厳しさも楽しさに変えられるくらいの音楽がやりたいって思うからなのだろうな、というところはぶれていない気もします。
そんなことは、ただの理想や夢に過ぎないかもしれません。
理想や夢は、ただ理想や夢にしか過ぎないのかもしれません。
でも、理想や夢を持たずに目の前のことをこなすだけでは、自分の信念を押し潰して我慢することになりかねません。
どんなに無理だと思っても、諦めそうになっても、心のどこかに理想や夢は持ち続けたいものです。
理想や夢を捨てずに持ち続けていれば、たとえそこにたどり着けなかったとしても、そこに近づくことはできます。
少しでも近づくことができれば、それでいいのではないでしょうか。
それを少しずつ積み重ねていければ、大きく近づくことができるわけですから。
努力しなくてはいけない、と自分を縛っても辛いだけですが、“本気で”理想や夢に近づこうと少しずつ足を踏み出していけば、運だってついてくると思います。
誰でも、どんなときでも、絶対に失敗をしないなんてことはありません。
どんなに準備を積み重ねても、どんなに慎重に行動したとしても、「絶対」はあり得ません。
その瞬間のために努力してきたことは決して無駄にはならないと思います。
良い悪い、できるできないの二択では決めつけられないものが世の中にはあるような気がするのです。
どんなに不甲斐なくても、どんなに嫌な奴だと思っても、誰にだって良いところはあるし、その人なりに頑張って生きています。
だからこそ、自分のことも相手のことも認めるというか、どんな自分でもどんな相手でも受容していけたら、きっと心も楽に生きていける気がするのです。
この文を書いているうちに、自分のやりたい音楽はやっぱり、心の底から楽しいと思えたり、聴いている人も、演奏している人も思わず笑顔になってしまうような音楽なのだということを、少しずつ確信に変えていけたような気がしています。
一歩一歩、そんな音楽づくりをするために、精進していけたらと思います。
(Twitterまとめ)

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