今、表情筋を豊かに使ってみる。

以前、Self Quest Laboの授業の中で、解剖図を見ながら、頭蓋骨の絵に、表情筋のスケッチをしてみるという機会がありました。

頭のてっぺんから胸にかけての広い範囲にある何種類もの筋肉たちが、何層にも重なりながら、連動して表情を生み出しているのだなと、描いてみてとても面白く、改めて「人体って、すごいよくできているな」とやや興奮気味に帰路についたことが思い出されます。

管楽器は楽器に息が入ることで振動が生まれ、それが楽器の音となっていきます。ですから、「唇に当てる」「口でくわえる」などの違いはあっても、多くの場合、楽器と口が触れ合うことになります。そして、楽器によって効率の良い息を送っていくために、この顔の表情筋たちが使われています。

というわけで、”表情筋と楽器の演奏に関する記事を書こう”と思っていたのですが、そう思っているうちに新型コロナの影響で思うように楽器を演奏することができなくなり、なかなか記事を書く気持ちになれず、時間だけが過ぎていってしまいました。

でも、最近知人や生徒の声を聞いたり、Zoomなどのビデオ会議システムを使っていく中で、”今の状況だからこそ「表情と表情筋」について考えてみたいな”と思うようになりました。今回は、そのことについてつぶやいてみたいと思います。

 

表情は何のためにあるのか?

私たちは普段、言語だけではなく、表情や身振り手振りなども使いながら、相手とコミュニケーションをとっています。電話やメールだと相手の表情が見えず、言葉や文面だけで意味をとらえてしまい、互いに意図したことが伝わらないということもあるかと思います(何度、お互い誤解をしてケンカになったことか…)。

このように表情は、コミュニケーションをとる上でとても重要な役割を果たしています。

では、表情とは、いったいどのようなものなのでしょうか?

「表情」という言葉を、いくつかの辞書・事典で調べてみたところ、次のような記述がありました。

表出の一側面である感情の表出を、表情という。いいかえれば、ある感情状態が身体の上に惹起(じゃっき)するさまざまな変化の「現れ」の総体が表情である。しかし、一般に、変化が顕著に現れるのが顔面であることから、顔に現れる表情だけを意味する場合もあり、研究も顔の表情についてなされたものが多い。(日本大百科全書 [1]

この「感情状態の変化が顕著に現れるのが顔面である」ということが、顔にある表情筋の発達と深く関係しているわけです。

感情と表情の関係について、初めて言及したと言われているのは、『進化論』を唱えたことで有名なチャールズ・ダーウィンです。ダーウィンは、1872年に発表した『ヒトと動物の情動表出(原題:The expressions of emotions in man and animals)』(1872)の中で、「感情の表出である表情はヒトという種に生まれながらに備わっており、進化の過程において獲得された行動様式である」と論じています。

その後、20世紀の半ばを過ぎてから研究は本格化してきましたが、現代の科学をもってしても謎なところが多く、「脳科学の最大のテーマ」ともいわれています[2]

いずれにしても、「表情」とは人間が生まれながらに持ち合わせているものであり、それを表現するために表情筋は進化してきたということは、間違いのないことといえるでしょう。

 

表情筋にはどのようなものがあるか?

筋肉には、意識的に動かすことができる「随意筋」と、意識的には動かせない「不随意筋」があることが知られています。

写真を撮る時に「はい、笑ってー!」と言われて、笑顔をつくることができるように、表情筋は随意筋だと考えることができます。

随意筋の多くは、骨格を動かす筋肉骨格に沿って付いている「骨格筋」という筋肉です。骨格筋は、少なくとも一つの関節をまたがって、その関節をつくっている骨と骨をつなぐように付着しており、その収縮によって身体を支え、動かしています。

イラストAC筒井よしほさん作成)の図に加筆

しかし表情筋は、必ずしも骨と骨をつないではおらず、骨または筋膜と皮膚をつないでおり、腕や脚を動かす骨格筋とは少し違います。

下の図は、人の顔面にある主な表情筋を示したものです。

イラストAC筒井よしほさん作成)より

 

このように「表情筋」といっても一つの筋肉ではなく、たくさんの筋肉が複雑に関係しあっています。それぞれの筋肉がついているところは、隣り合う筋肉と合わさっている場合もあるので、どこか一つの筋肉を動かそうとしたときに、連動して複数の筋肉が動くことも少なからずあります。

そしてこの複雑に関係し合った表情筋たちが、顔の表情の微妙な違いを生み出したり、楽器の演奏でも細かいニュアンスの違いを生み出したりしているわけです。

口元を動かそうとした時に、口輪筋だけでなく、そことつながっている額や、頬や、眼などのまわりにある筋肉も関係していると思うと、とても奥深いなと思います。

それだけに、管楽器の演奏でも、表情筋が利用されていることは確かですが、「こういうときはここの筋肉が使われている」ということを明確に示すのは難しいのかもしれません。もちろん、どこが一番先導してはたらいているかとか、どこを意識するとよいということはあるかもしれませんが、「連動して動く筋肉たちである」ということを理解して、顔全体、さらにはからだ全体がつながっていることを意識することで、より必要な筋肉が上手にはたらいてくれることもあるような気がしています。

高校生の頃、高い音を吹く時にどうしても目を見開いたり、逆に閉じたりする習慣があって、それを先輩に「ナルシストか!」と言われたことがあったのですが、口のまわりの筋肉だけではなく、表情筋全体のつながりを考えてみると、あながち意味のない習慣ではなかったのかもしれません。

 

顔面麻痺になって感じたこと

ちょうど7年前の今頃、急に顔の右側だけ顔面麻痺になり、楽器が思うように吹けなくなったことがあります。

表情筋が思うように動かせないことが、これほどにまで辛いと感じたことは初めてでした。吹こうと思っても、息が漏れて音にならないですし、ドクターストップもかかったので、しばらく満足に練習ができなかったのは、今思い出しても辛い時期でした。

その時どのように対処したかは、5年前に書いた下の記事に詳細がありましたので、備忘録としてここでも共有しておきたいと思います。

唇を壊してしまったラッパ吹きは辞めるしかない、わけではない!

幸いなことに今は麻痺の影響は残っていませんが、やはりしばらくぶりに楽器を吹いたときには、しばらく使っていなかった筋肉を目覚めさせるには時間がかかりました。

もちろん、それまでに培ってきたことや、一度できたことは消えてなくなることはありません。でも、当たり前にできていたことを、再び元の状態に戻していくことは根気のいる作業でもあったりします。

 

今、家ではppで吹くか、ミュートをつけて吹くかで精一杯です。できるだけ、楽器に触れる時間はつくるようにしていますが、このまま思い切り吹けない状況が続いてしまったとき、また復帰してから時間がかかるのではないかという不安は少なからずあります。

生徒たちの中にも、家に楽器を持ち帰ることができたとしても、同様の理由でもう2カ月以上楽器を吹けずにいる生徒がたくさんいます。恐らく、このような状況にある方は全国にも多いのではないでしょうか。

表情筋は先述の通り、筋肉同士が複雑に関係し合って動いていることもあり、厳密には楽器を吹くために使う表情筋は、楽器を吹くことでしか同じ動きを再現することは難しいと思います。

ただ、日本語というのはただでさえ口を大きく開かなくてもしゃべれてしまう上に、人によっては家にこもって他人とおしゃべりをする機会が少なくなっていると考えると、今のような生活が続いていったときに、表情筋が衰えていってしまうこともあるのではないかと思ったりもします。

そのように考えると、長いこと楽器を吹くことができない今、表情筋がどのようについているのかを具体的に確認した上で、意識して表情筋を使ってみることも大切なのかなと思います。

 

この状況の中だからこそ、意識的に表情筋を使ってみる!

人は本当に大変な状況に置かれると、表情がなくなるといいます。自分自身もかつて心身ともにいっぱいいっぱいになって燃えカス状態になっていた頃の写真を見てみると、無表情というか、表情筋がすべて重力に引っ張られているような顔をしています。

緊急事態宣言も延長されて、先が見えない状況にある今、どうしても気持ちは落ち込みがちです。人とあまり会わないことで、表情をつかってコミュニケーションをすることも減っているような気がします。そのためか分かりませんが、自分も含め、身近な人たちの表情を見てみると、これまでよりも表情がなくなってきているなと感じることがありました。

そこで今、意識してやってみていることがあります。それは「意識的に表情筋を大きく使ってみる」「人と話すときはできるだけ笑顔でいる」ことです。

アレクサンダー・テクニークでは「心身統一体」という言葉で表されたりもしますが、人間の心と身体は深くつながっています。

動物は恐怖や不安を感じたとき、身体を硬直させて身を守ります。逆に自分はまわりにある安心安全な環境とつながっているのだと思ってみると、伸び伸びとやりたいことをやれることもあります。このように、心理的な面から身体に影響が出ることは探してみるとたくさんあるように思います。

逆に、身体的なことから心理面にアプローチをかけてうまくいくこともあります。身体の使い方がより自由になったからこそ、気持ちにゆとりが生まれて、よりやりたい方向に身体も心も動いていくという経験は、これまでアレクサンダー・テクニークを学んでいて何度となく経験しました。

笑いたくないときに「笑え!」と言われるのは結構きついことなので、決して無理をすることはないと思いますが、今回自分が試してみて良かったなと思うことがいくつかありました。

・自分自身が笑顔になることで、相手にも笑顔が伝染し、場の空気が和み、自分が感じていたストレスの緩和につながった。
・表情筋を使ってみることで、自分の感情に目が向き、自分の感情を素直に受け入れようという気持ちになった。また、自分がやりたいことをやろうという意欲にもつながった。

私の場合ですが、笑顔になれない原因は、割と周りとの関係にあることが多いです。なので、「自分が居心地のよい空間=人がいがみ合っていない空間」をつくることを目的として、自分のために笑顔になってみることで、場が和めば、笑顔になれない原因を取り除くことができるので、結果的に本当に笑顔で過ごせる空間になることもあります。

また笑顔だけでなく、喜怒哀楽さまざまな感情に対応した表情を意図的につくってみることで、自分の感情と向き合ういいきっかけにもなったと思います。決してプラスの感情だけでなく、マイナスの感情に気づいたところもありましたが、「自粛」という名のもとに、どこか自分自身の気持ちを表現することまで自粛していたのではないか、ということに気づくことができました。

人間は感情をもち、それをいろいろな手法で表現することができる動物です。その表現方法の一つに音楽もあるわけで、音楽に関わるからこそ、感情や表現にいつも敏感であり続けたいものです。

ともするとふさぎこんでしまい、自分の感情や本心を圧し殺してしまうことがあったり、同調圧力や正義感が攻撃という形で現れてしまったりすることもある今の世の中。こんな時だからこそ、あえて身体から自分自身にアプローチすることで、本来自分がありたい姿に気づき、そこに近づいていくための道筋を探して歩いていけたらなと思います。

 

ちなみに番外編ですが、表情筋を豊かに使い、オーバーなほどに表情を使っていくことは、Zoomなどのビデオ会議の場でも役立っています。どうしても同時に複数の人間が発言すると混線してしまうという技術的な問題があったり、画面上に小さい顔がたくさん並んでいて、どうしても一人ひとりの顔が観にくく、相手がどのように受け止めているのかが分かりづらかったりすると思います。その時、できるだけオーバーリアクションでいくと(やりすぎるとちょっと疲れますが)、相手も「自分が言っていることが伝わっている」という安心感を持ってくれるのか、やりとりがスムーズになる気がしています。

 

ということで、今このような状況ではありますが、だからこそ、頭が動けて、身体全体がついていって、表情筋を豊かに使って、自分が本当に望んでいることと向き合ってみたいと思います。そして、またいつか思い切り楽器を吹ける日を信じて、日々目の前にあることを一つ一つやっていきたいなと思います。

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