人に言うと驚かれることも多いのですが、私は小さい時からとにかく「本番」とよばれるものが苦手です。
本番前日には眠れなくなるし、朝は早く目覚めてしまうし、本番の時間が近づくにつれて胃は痛くなるわ、吐き気はするわで、ステージ上に上がるまで、ずっとこの場からどうやったら逃げ出せるのかと言うことばかり考えています。
音楽の先生が生徒に向かって、「本番が一番楽しいもの。楽しくて当たり前!」と言っているのを聞いて、「いやいや、練習が楽しいんですよ。本番なんて来なくていいから練習していたい」と心の中で反抗してしまうくらい、本番には苦手意識があります。
それでも、毎年何回もの本番の機会をいただき、そんな生活を続けているのは、やはり本番というものが持っている魔力に取り憑かれているからなのかもしれません。
今日は、そんな私が最近経験した本番で感じた、本番の魅力をつぶやいていきたいと思います。
|とにかく自己満足に徹すること
「自己満足」というと傲慢なようで聞こえは悪いかもしれませんが、まずは自分が満足できるくらい余裕を持って演奏できるように準備することも大事です。聴き手の意思はコントロールできないもの。それだけに「聴き手を満足させるような演奏」を目指しても、10人が10人満足するような演奏に仕上げることは至難の技だと思います。それならば、まずは自分が満足できるようにすることに集中してみて、その結果、「満足してくれた聴き手がいたらラッキー!」くらいに思っているのがよいような気もします。
ここで、自分に対して厳しい人はいつまでたっても「自分なんかダメだ」「まだまだ下手くそだ」と自分を追い詰めがちです。でも、それはそれで自分を向上させるエネルギーに変えることができれば、演奏にはプラスにはたらくはずです。
音楽に完成形などない。
だからこそ、時間がある限り、自分が妥協しなければより理想に近い音楽を求めて自分と向き合って練習を積み上げていくことはできます。
しかし、本番の日にちは決まっているもの。
その日がやってきたら、たとえ理想から遠く離れていたとしても、今の自分が奏でられる精一杯で演奏するしかありません。本番で、今までできなかったことがいきなりできるようになることはほとんどありません。それなら、自分の中でどこかでつっかえているところがあったとしても、今の自分にとって満足できるもの、今の自分がお客様に聴かせられる最高のものを、高望みせず、自己満足でもいいから、精一杯奏でればいいのだと思います。
聞いている方からしてみたら、自信なさげに主張もない音楽を聞かされるくらいだったら、技量的に物足りなかったとしても、「自分はこう奏でたいんだ」という主張が見えた方が何倍も面白いと思います。
技術的にも音楽的にも未熟なアマチュアの演奏会や学校の学芸会などでも、聴いていて心が動かされることがあるのは、奏者一人ひとりの思いや努力の成果が、音から聞こえてきたり、姿から見えてきたりするからというのもあるでしょう。
まずは、自分がこれから演奏しようとする音楽を、自分自身がどのように感じ取っていて、どのように表現したいと思っているのか、そして、そのための準備を本番が始まるその瞬間まで、できるかぎりやれるかというところな気がします。そうすれば、「今の自分にできる最高の演奏」に集中して、本番に向かうこともできると思います。
|お客様一人ひとりとつながる
ソロを吹くということは大変名誉なことであると同時に、とてつもない緊張感を味わうものでもあります。
学生の頃、メサイアのソロでぐちゃぐちゃになってから、私はずっとソロというものから逃げ続けてきました。そんな私が、機会に恵まれて先日あろうことか『展覧会の絵』のプロムナードを吹かせて頂く機会に恵まれました。
ソロを吹くことは、実は本番の1時間前に決まったのですが、吹くことになるかもしれないということで、1週間前からは毎日緊張の日々でした。そして、緊張でカチコチに固まってしまった私は、前日に絶不調ループに陥りました。
調子が悪いとき、そこから抜け出せなくなる大きな原因として、
- もっと練習しなきゃと気持ちだけ焦って根性吹きをはじめる
- 自分なんかダメだと思って悪いイメージしか持てなくなる
- 奏法に夢中になり、音楽を忘れてしまう
ということが挙げられると思います。まさに本番前日の私もこのような状態でした。これではマズいと、いったん練習をするのをやめて、次のように自分に暗示をかけてみました。
誰でも多かれ少なかれ調子の波があるのは当たり前。もちろん大事な時に照準を合わせることは必要なことだけど、調子の悪い自分を責めていじめても仕方がない。そんな自分ともゆっくり付き合って、焦らずにできることを一つずつ丁寧に積み重ねていけたらいいのかもしれない。頑張り過ぎないことも大事。
その後、無理に音を鳴らそうとせずに、息と唇の振動のバランスを考えながら、自然に音が出る状態を確認して、その日の練習を終えました。
こうして迎えた本番。ステリハではあまり調子がよくなくやはり舞台袖では逃亡を謀りそうでしたが、せっかくのチャンスを後ろ向きな気持ちで台無しにしたら、他のメンバーや聴きにきてくださったお客様にも申し訳ないし、何より本番やソロから逃げ続ける自分からも脱皮したかったので、ギリギリになって気持ちを切り替え、「今の自分にできる精一杯でぶつかってこよう」と決意しました。
そして、ステージにあがってからは、アレクサンダーテクニークの授業で学んだことを一つひとつ思い出しながら、プランを立てて、頭の中で何度も唱えて、指揮者の棒が降りるのを待ちました。
- 頭が動けて体全体がついてきて
- 唇が振動して歌うように息が流れて
- お客さん一人ひとりとつながりをつくって
- 音をはっきりしゃべって伝えてみよう
曲が始まってしまったら、もう後戻りはできません。とにかくホールに響いてかえってくる音を感じながら、同じことを何度も唱え、お客さん一人ひとりにこの音で繋がっていこうと客席を視界に感じながら吹きました。
その結果、まだまだ演奏は未熟なものでしたが、生まれて初めて、ソロを吹いて楽しかったというか、音楽をすることや、お客様一人ひとり繋がることだけに集中して本番を楽しむことができ、長年のトラウマから解放されたように感じました。
よく「お客さんはじゃがいも」といって緊張を和らげようとする方法があります。でも、お客様は演奏者の力になるものです。聴き手がいるからこそ、伝えようとする気持ちが強くなる。それが、音楽にエネルギーを与え、心を動かすものになっていく。それを改めて痛感することができた本番となりました。
ただの本番の感想文になってしまいましたが、同じように本番に苦手意識を持っていたり、ソロがプレッシャーになっていたりする方に、少しでも自信を持って、本番を楽しむヒントになれたら幸いです。
また来週も本番があります。頑張ってきます。