音楽をやっていて行き詰まりを感じたら② ~なかなか上達を感じられない~

どんなに頑張って毎日練習していても、なかなか上達しない、むしろ下手になっているのではないかと思うことは長く楽器を続けていると誰しもが感じたことがあるのではないでしょうか。
楽器を初めてすぐの頃は、とにかく「音が出る」ということに喜びを感じ、音階が吹けるようになり、曲が吹けるようになり、合奏に乗れるようになり…というように、目に見えて上達していくさまが見えますし、どんどん新しいことに挑戦できて、自分の中の向上心を満たしてくれる出来事がたくさんあります。
しかし、それが一定の時期に差し掛かると、楽器を吹くことも合奏に乗れることも当たり前になってしまって、いったん上達は飽和状態になってしまいがちです。
ここが第一関門。
私が顧問をしている部活でも、1年生の最後の頃になると、ちょっと目を離すと練習をさぼったり、面白くなくなって部活を辞めようとする子どもが少なからず出てきます。
そのようなときには、その楽器の一流奏者の演奏を聴かせたり、できるだけ一人ひとりの練習に付き合って、良いところを探し、褒めるようにしています。目標を持たせると同時に、自分の可能性を知って、気持ちを前向きに持つようにすることが大切だと思うからです。
この時期に粘り強く基礎練習を重ねた生徒は、必ず後で伸びてきます。上級生になって演奏面だけでなく、運営面などでもリードしていかなくてはいけない立場になる前、つまり少し気持ち的にも時間的にも余裕がある時期にしっかり基礎を積み重ねておくことは非常に大切です。まずはそこかなと思います。
その後、体力的にも筋力的にも楽器を演奏する体になってくる2~3年目は大きく成長する時期だと思います。ただ、学校吹奏楽の現場を考えてみると、ちょうど中心学年になって忙しくなったり、本番に乗る回数も増えてなかなか基礎練習をする時間がとれずに、調子を崩してしまう子どもたちも少なくありません。
ここが第二、第三の関門です。
ある程度吹けるようになってくると、自分ではあまり上達を感じられないこともあると思います。そこで大切なのが「客観視」です。練習熱心な人ほど、自分に対して否定的にとらえる傾向はあると思うのですが、自分の演奏を客観的にとらえ、できるだけ良いところを探しながら、人の指導をするつもりで自分自身の演奏を改善していくように持っていくといいように思います。
私の場合ですが、中学の頃は先輩がいなかったので、自分の音を録音して(少し下手に聴こえます)、自分ができないところがどうやったらできるようになるか考えながら修正するという練習を繰り返しました。若干、自己流の癖がついてしまって未だに苦労するところはあるのですが、この「客観視による練習」のおかげで、だいぶ吹けるようになったことは多かったように思います。
楽器との付き合いは、人生を共にする仲間との付き合いでもあります。それだけ長い付き合いの中で、相手(楽器)とうまくいかなくなったりすることは当然のことなのだと思います。
だからこそ、客観的に自分の演奏を見つめることも大切だし、自分の演奏が向上するために必要か、そうでないかを見極めるためにも、とりあえず受けたアドバイスは試してみるのもよいと思います。アドバイスも効果があれば吸収していけばよいし、なければ聞き流せばよいだけのことです。誰であっても、どんな言い方であっても、自分のためになることは貪欲に受け取ることって大切だなと思うのです。
もしかしたら階段を着実に一歩一歩上っていくという考えるよりも、ゆるい上り坂をゆっくり上っていくという考えると、途中で苦しくならないのかもしれません。転げ落ちないように少し踏ん張りながら、新しい一歩を前に出していく。そんな上達の仕方を目指していけるとよいのではないかと思います。

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