「重心を下に」という言葉を考える 

こんにちは。おのれーです。
だいぶ久しぶりの記事になってしまいましたが、またちょっとずつ書いていこうと思います。どうぞよろしくお願いします。

さて今回は、管楽器や声楽をやっている方であれば一度は耳にしたことがあるであろう「重心を下に」という言葉について考えてみたいと思います。

私自身も学生の頃から幾度となく「もっと重心を下にして吹け!」と言われてきましたし、指導する立場になってからも周囲でよく聞かれる言葉でもあります。もちろん「重心を下に」と考えて演奏することで上手くいったことも少なからずあります。しかし私の場合、その言葉にとらわれすぎて不自然に力を入れることで、力任せに演奏する習慣が身についてしまい、その呪縛から逃れるためにだいぶ苦労をしています。

このように、指導の現場で用いられる言葉が、解釈によっては本来伝えたかったことが伝わらずに独り歩きしてしまうことも少なくないように思います。これから少しずつ、そうした言葉を取り上げて、自分なりに考えてみたことをまとめてみたいと思います。よろしければお付き合いください。

重心」って何?

理科教員とはいっても物理は専門ではないのでツッコミどころ満載かもしれませんが(ただの言い訳…)、できるだけ物理や数学が苦手な方にもイメージしやすいように説明していきます!

さて、地球上にいたら、人でも動物でも、本でも楽器でも、どんな物体にもはたらいている力があります。

ーーー それは、重力です。

重力は、正確には下図に表すように「地球上の物体にはたらく地球の引力(万有引力)と地球の自転による遠心力の合力」と定義されていますが、ここではとりあえず「地球が物体を引く力」と考えてみたいと思います。

では、重力は物体のどのあたりにはたらいているのでしょうか? 
言い換えると、地球は物体のどこを引っ張っているのでしょう?

答えは・・・ 
物体の各部分、あらゆるところ全体にはたらいています(下図のイメージ)。
地球は、物体のすべての部分を引っ張っているのですね。

目には見えない「力」ですが、物理の世界では、はたらいている力を矢印で表すという約束があります。ただ重力のように、物体のあらゆるところにはたらく力を表すときには、上図のようにたくさんの矢印で書き表さなければいけませんし、むしろ隙間なく矢印を書きまくらないといけなくなってしまうので、はたらいている力を代表して1本の矢印で表します。このとき、物体の質量はすべて1点に集まっていると考えます。

図で表すと、こんな感じです↓

この重力を1本の矢印で表すとき、作用点(矢印の根元、図中の、力がはたらく点)にあたる部分が「重心」ということになります。(どうして1本にまとめてよいのかという説明をし始めるとちょっと長くなりそうなので、ここでは先に進みたいと思います…)

重心」はどこにある?

…とはいっても、重心ってどこにあるものなんでしょうね?

重心は多くの場合、だいたい物体の中心にあります。
…と説明してしまうと、

だから、物体の中心ってどこ???

という話になってきますよね。大丈夫です。ちゃんと説明するようにします。

小さい頃(でなくてもいいですが)、本やペンなどを指一本でバランスをとって、どのくらいの時間保ち続けることができるか、遊んだことはありませんか?

重心とは、このようにその点を支えると、物体全体の重さを支えることができる点とも考えることができます。つまりは、重さ的にバランスのとれる点といえるでしょう。

形状が球、直方体、棒状などで、すべてが同じ材質でできているなど、密度が全体で一定であるような物体の場合、この重心は物体のど真ん中(中心)になります。

しかし、私たちの身体のように、複雑な形をしていたり、場所によって重さが違ったりする物体の場合は、必ずしも物体の中心に重心がくるとは限りません。このような場合、重心はどうやって探せばよいのでしょうか?

①物体を糸でぶら下げてみる

下図のように、物体の1点を糸でつるして静止しているとき、重心は糸の張力(糸が物体を引く力)の作用線(作用点を通り力の方向に引いた直線)上にきます。もし重心が作用線上になかったとすると、バランスがとれず物体が動いてしまいます。静止してつり合っているということは、張力の作用線上のどこかに必ず重心があるといえます。

これは、つるす位置が変わっても同じです。糸の位置を変えて再度つるしたときも、張力の作用線上のどこかに重心がきます。同じ物体であれば重心は1点ですので、2つの作用線の交点が重心だと考えることができます。

このように、物体を異なる2点でつるせば、重心を見つけることができます。

②人間の重心を測定する方法

とはいっても、人間をぶら下げるのは現実的ではないですよね。。

人間の重心を測定する方法にはいろいろあるようですが、ここでは「重心は力がつり合っている点である」ということに注目して、人間の重心を求める方法を考えてみます。

(1) まず、人を下図のような台の上に寝かせて、測定をします。

(2) いわゆる「てこの原理」を使って、計算で重心位置を推定します。

足を基準に考えると、
 
体重計Aから重心までの距離LA×体重W=身長LB×体重計Bが支える力FB
 体重Wの大きさ=体重計Aが支える力FAの大きさ+体重計Bが支える力FBの大きさ
となるので、

身長165 cmの人で、体重計Aが30 kg、体重計Bが35 kgを示したとすると、体重計A(足先)から重心までの距離LAは、
  LA [cm] × (30+35) kg = 165 cm × 35 kg
          LA = 88.846… ≒ 89 cm
となり、足元から89 cmの高さに重心があると求めることができます。おおよそおへそより少ししたくらいの高さになりますので、いわゆる「臍下丹田」といわれている場所とだいたい一致するとも考えられます。

しかし、人間は頭、腕、胴体、脚…とそれぞれの部位で重さが違いますし、体を伸ばしたり折りたたんだりすることもできるため、体勢によって上図の体重計A,Bが示す重さや、身長 LB に相当する長さも変わってきます。さらに言うと、上の計算式では「高さ」しかわかっていないので、「深さ(体の表面から何cmか)」まで組み合わせて考えるとさらに複雑になってきます。

このように、体勢によって重心は変わってきます。姿勢によっては、体の外側に重心がくることもあります。上の式で求められるのは、あくまで「直立不動」の状態での重心であり、重心がいつも同じ位置にあるとは限りません。

楽器を演奏しているときでも、呼吸だったり、指や腕を動かしたりすれば体のバランスは絶えず変化します。ましてや、重心は自分がどのような体勢になっているかで勝手に決まるものですから、結果として重心が動くことはあっても、自分が意図した場所に重心を固定するということは、ほぼほぼ無理な話です。

ということで、「重心はいつも勝手に動き続けているものだ」と思って、次の話を進めていくことにしたいと思います。

重心を下に」という言葉の真意は?

ここまで「重心」についてウンチクを並べてしまいましたが、ここからが今回の本題です。
なぜ「重心を下に」という言葉を使って指導されることが多かったのでしょうか?

先日のセルフクエストラボの授業の中で、「重心を下に」という言葉の中にはどのような意味が含まれているのか、相談させていただく機会がありました。先生や仲間のお話も伺う中で、今自分で考えてみていることを3点あげてみたいと思います。

①脚や下半身の存在を思い出すため

楽器演奏をする際、楽器を構えるのは主にです。音を変えるときには、の中の状態やが関係してきます。空気はを出入りします。譜面や指揮者のことはで見ます。このように考えると、主だった動作の多くが上半身に関係しているともいえるでしょう。

それだけに、無意識のうちに上半身ばかりに意識が向いてしまい、下半身、特に脚の存在を忘れてしまうことも少なくないかと思います。特に座奏の場合はよりその影響が大きくなるような気がします。

しかし、以前の記事でもとりあげたように、脚の周りにも呼吸に関係している筋肉が存在していたり、体全体の可動性が大きくなるため、下半身を使えるようにしてあげることで、より柔軟にエネルギーをつくりだすことができ、より演奏しやすくなる状態になります。

過去記事↓↓

”脚を使って吹く”ってどういうこと?

「重心を下に」と言われると、その忘れていた下半身や脚の存在を思い出すきっかけにはなると思います。ただ、あまりにも「重さを下げよう」と思いすぎてしまうと、体全体を押し下げようとしたり、力が入りすぎて腹直筋や股関節などが固まってしまい、呼吸に悪い影響が出てしまうこともあるので、同じ効果を期待するならば「脚のことも思い出してあげよう」という声掛けでもよいのかなと個人的には思います。

やはりここでも、体全体が連動していること、その体全体が自由に動ける状態にしておくことが、自分が本来もつパフォーマンスを十分に発揮するために必要なことであるといえるでしょう。

重力もあれば抗力もある

①でも書いたように、上半身ばかりに目が向いている人には、「重心は下に」というアドバイスは、下半身を思い出させるために有効であることもあるかと思います。しかし、「重心は下に」という言葉の呪縛によって、体全体を押し下げていたり、腹直筋や股関節が固まっている状態が続いてしまうと、演奏に不利な状態になってしまうこともあるでしょう。

だからこそ忘れたくないのは、たとえ静止していたとしても、面に置いてある物体には重力とつりあう反対向きの力である「垂直抗力(抗力)」がはたらいているということです。

私たちは地球の中心に常に引っ張られていますが、もしその力しかはたらいていなかったら、地球の中心までズルズルと引き込まれていってしまうはずです。そうならずに、床の上に立っていられたり、椅子の上にすわっていられたりするのは、床や椅子が私たちの身体を上向きの力で押して支えてくれているからです。

実はこの垂直抗力、物体が床を押すことで床がわずかに変形するので、床が元の形に戻ろうとする力(弾性力だと考えられています。つまり、重力によって物体が床を押すからこそ生じる力です。※諸説あります

もし、静止している物体だとしたら、この重力と垂直抗力はちょうどつり合っています。でも、当たり前にはたらいている力であるために、普段私たちはこの力がはたらいていることを忘れがちです。わざわざ意識することもないかもしれませんが、身体を起こしておくための筋肉たち(脊柱起立筋群)の活性が落ちて、いわゆる「脱力」とか「身体を押し下げた状態」という状態になっているときに、この垂直抗力の存在を思い出してあげると、いざ身体を動かそうとしたときに有利にはたらいてくれることもあるかなと思います。

ここで、相撲の立ち合いを考えてみましょう。

お相撲さん・力士のイラスト

お相撲さんたちは腰を落としてどっしり構えているように見えますが、相手にぶつかられたときの衝撃を受け止めることもできれば、立ち合いと同時に自分から前に進んでいくことも、咄嗟に横にかわすこともできますよね。

もしも重力だけを意識して、ただ重心が下になるようにしているだけだったら、これだけの安定感と瞬発力を同時に生み出すことはできないでしょう。傍から見ていたら同じ体勢をとっているように見えていたとしても、足のどの部分により体重をかけるかで身体の重心は変化しますし、接地面積が増えて重力が分散すれば、それに対する垂直抗力の単位面積当たりの大きさも小さくなりますし、またその逆も起こるわけですから、常にバランスは変化し続けているはずです。

このように、どこにでもいけるという動的なバランスを保っているからこそ、安定感をもちながら、すばやく動くこともできる状態に自分を置いておくことができるのだと思います。

また、さらに瞬発的に強いエネルギーが必要な時には、意図的に足で地面を押す力を利用することもできるでしょう。足で地面を押せば、その反作用の力として、地面が足を押す力が生じます。この上に伸びあがるような力を、演奏をするために必要なエネルギーに変えることもできるかと思います。もちろん、これもやりすぎには注意だとは思いますが・・・

このように、重力(下向きの力)だけでなく抗力(上向きの力)が存在していることも頭の片隅に入れておくと、自分の身体のバランスがどうなっていて、今はよりどちらの意識を強くした方が効率的かなど、選択肢が広がってくるように思います。

バランスは常に一瞬一瞬で変わり続けるからこそ、より重力を意識した方がよい場合と、より抗力を意識した方が良い場合があるのだと思います。そのバランスの変化を楽しみながら、自分がやりたいことをやるためにいろいろ試していけたらよいのかなと思います。

過去記事↓↓

すわって吹くときの脚の使い方を考える

③息を吐くときに、吸うときのような力を使ってコントロールすることもできる

管楽器を演奏するときのことを考えると、息を吸うときには、横隔膜が下がって空気が口や鼻から肺に取り込まれます。横隔膜が下がって内臓が押されると、お腹がふくらんで重くなった(重心が下にいった)ような感覚になるかもしれません。しかし息が肺に入ると胸腔を広がるため、肩が持ち上がる動きも同時に生じています。お腹だけでなく、背中側も含めた肋骨周りにも目を向けることで、より多くの息を取り込むことも可能です。

同様に、息を吐くときには、横隔膜が元の位置に上がって、息は肺から口に向かって上向きに出ていきます。内臓も元の位置に戻れるので腹腔は広がった状態から元に戻りますし、胸腔も肺から息が出ていくことで狭くなりますので、肩が下がる動きも同時に生じます。

このように、息の出入りに伴う動きは、決して上下方向どちらかに決まっているわけではありません。上下前後左右、風船があらゆる方向に膨らんだり、しぼんだりするように、胸腔の大きさは変化します。それを上手く使うことで、息をコントロールすることができれば、楽器演奏にも役立てるはずです。

その「息のコントロール」をしようとするときに、「重心を下に」「腹の支えを作って」といった言葉が使われることがあります。

息を吐くときに、一気に横隔膜が持ち上がって、一気に肺から空気を追い出そうとすると、長いフレーズなどは吹ききれません。息が一気に出ていかないように、ちょっとずつ調整しながら息を出し続ける必要があります。このとき、横隔膜が簡単に上がっていかないように、息を吸うときのようにわざとお腹を膨らませるような方向に力を使ってみるという技が使えます(→呼気時の吸気的傾向)。

この技を使おうとすると、体の感覚としてはお腹に力が入っていくように感じたりもします。この感覚を伝えるために「重心を下に」という言葉を使っているとしたら、恐らく、息のコントロールがうまくいっていない生徒に対して、横隔膜が下がっている状態を保つことで、吐く息のコントロールをさせたいという意図があるような気がします。このあたりの仕組みも、時間をとって説明すれば生徒たちも理解できると思うので、「重心を下に」だけで片付けてしまわないようにしたいものです。

※呼気時の吸気的傾向については、次回「お腹を膨らませて吹く」「お腹の支え」という言葉について考えてみたいと思うので、そこで詳しく触れてみたいと思います。(いつになるか分かりませんが、頑張ります・・・)

吹奏楽や合唱だと、どうしても一斉指導が多く、時間も限られた中で指導をしなければならず、個々の生徒の状態に応じた言葉で説明することが難しいことも多いかと思いますが、できるだけ生徒が指導者の発した1つの言葉だけにとらわれることなく、自分の状態に応じていろいろな選択肢を選び取っていく力を身につけられるように、私自身も努力していきたいものです。

今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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