「トランペットを吹く」という動作を考えたとき、意識が体のどこに向くことが多いでしょうか?
自分自身の中高生の頃からを振り返ってみると、とにかく
- アンブシュア(+口輪筋)
- 呼吸(+腹筋)
ということばかり考えていたような気がします。特に吹奏楽やオーケストラだと座奏のことが多く、どうしても上半身ばかりに目が行きがちなのは、他の楽器にも言えることかもしれません。
一方で、高校生の頃から漠然と、立奏のときの方が調子が良いと感じることが多く、アンサンブルコンテストの時には、「座奏がいい」という友人を差し置いて、「頼むから立奏にして欲しい」と頼んだ記憶があります。
何でかよく分からないけれど、立奏の方が調子が良いと感じてきた私。
アレクサンダー・テクニークを学ぶようになって、その根拠が少しずつ分かってきて、体の全体性により興味を持つようになりました。
今日は、現在私がアレクサンダー・テクニークを学んでいるセルフクエストラボでの授業を通して、自分自身が演奏する時に「脚」についてどのようにとらえ、練習に取り入れていこうと考えているかをつぶやいてみたいと思います。
|そもそも「あし」って、何?
「あし」と読む漢字には「足」と「脚」がありますが、その違いはどこにあるのでしょうか?
国語辞典で調べると、次のように解説されていました。
動物の胴に付属していて、歩行や体を支えるのに用いる部分。特に足首から先の部分をさすこともある。 「 -を組んで椅子に座る」 「 -に合わない靴」 〔哺乳動物には「肢」、昆虫には「脚」を多く用い、ヒトの場合は足首からつま先までを「足」、足首から骨盤までを「脚」と書き分けることもある〕
(引用:大辞林 第三版)
なるほど。そうやって使い分けがされているのか、と。
今回は、脚と足を含めた下肢全体のことを考えていきたいのですが、とりあえず漢字は「脚」を使っていこうと思います。
では、具体的には、体のどのあたりの部分を指すのでしょうか?
図1.下肢の骨格
図1で青く塗った部分が、脚に関わる骨格を表しています。この部分の骨だけを抜き出してみたのが、下の図です。
図2.下肢骨格を形成する骨と関節
図2を上の方から順番に見ていくと、まず、脊椎の一番下にある仙骨と寛骨が骨盤をつくっています。そして、寛骨は大腿骨と股関節をつくっており、ここがいわゆる「脚の付け根」と考えることができます。股関節を直接触るのは難しいですが、大腿骨には大転子と呼ばれる出っ張った部分があるので、これを股関節のある場所(高さ)の目安として触って確認してみると分かりやすいようです。
「脚」の上部は大腿骨という1本の太い骨からなっており、大腿骨の下端と脛骨の上面、また膝蓋骨との間で膝関節をつくっています。
「脚」の下部は腓骨と脛骨という2本の骨からなっています。脛骨は太くて母指側にあり、腓骨は細く小指側にあります。
距骨は足首の最上部にある骨で、上面で脛骨や腓骨との間に足関節(距腿関節)をつくっています。踵骨は足首の後ろに突き出した踵を作り、足首を底屈するはたらきをしています。
このように見てみると、「脚を動かす」という動作は、「股関節・膝関節・足関節(足首)の3ヶ所の連動した動き」であると考えてみると分かりやすいように思います。
|「脚を仲間に入れてあげる」ことを意識する
最初に書いたように、何となく立奏だと吹きやすいと思ってきた私ですが、先日のセルフクエストラボの授業の中で、面白い体験をしました。
それは、図3の右側のように「骨盤から垂直に脚が生えていると思って歩く」という体験です。
図3.大腿骨の角度を考える
このように思って歩き始めた瞬間、股関節だけでなく、膝関節や足関節までもがカチコチにかたまり、まるでロボットのような歩き方になりました。
同時に、呼吸がしづらく、息苦しさを感じました。
なぜ、脚が固まると、呼吸までしにくくなってしまったのでしょうか?
大きな理由は、股関節まわりにある筋肉にあると考えられます。
特に、大腰筋とよばれる筋肉は、股関節を動かすだけでなく、脊柱の安定にも貢献していると考えられており、腰椎の側面から太ももの付け根に伸びる深層筋です。また、呼吸の際の主力筋である横隔膜は、肋骨の下部分を覆うように張り付いているので、背中側では腰椎とくっついています。つまり、2つの筋肉は、とても近いところではたらいているのです。
図4.大腰筋
ですから、股関節まわりが固まってしまうと、脊椎の動きも制限され、結果として呼吸にもしづらくなってしまうということにつながったのだと考えられます。
逆に、上の図の左側にあるように、「骨盤から斜め下方向に大腿骨はついており、股関節も膝関節も足関節も自由に動ける」と思って歩いてみると、とてもスムーズに歩くことができました。
これはもちろん、楽器を吹く時も同じで、「腹筋に力を入れて、腰を落として、下半身を安定させて吹こう」と長年言われてきた私は、どうしてもすぐに腹直筋と股関節を固めてしまい、結果として呼吸がスムーズにできなくなり、それを補うためにさらにパワーを使って吹こうとする、非常に高燃費な吹き方が習慣化しています。
特に座奏の時はそれが顕著で、上半身だけでどうにか頑張ってやろうといういらない根性スイッチがすぐにONになり、演奏の妨げになることが多々ありました。
そこで今、「股関節・膝・足首」が連携していつでも動ける状態をつくり、からだ全体の動きの可能性を広げておくために、授業で頂いたヒントを元にして練習するようにしています。
一つは、下の図のように
・骨盤より胸骨が前にある
・膝関節、膝、足首は連動して自由に動ける
という意識を持つことです。
図5.胸骨は骨盤よりも前にある
この意識を持つだけでも、からだがバランスをとろうとして柔軟に動き始めます。
また、それだけではなかなか意識が難しいという場合には、図6にあるように、ひざが前の方に向かっていくと思いながら、ひざ・足首・股関節を曲げるという動きを連動させ、立っていた時と重心の位置を変えないようにしゃがんでみると、どこかに負担がかかることがなく、からだ全体を柔軟に使うことができるように思います。ちなみにこのとき、もちろん”頭と脊椎の関係”は最初に思い出しておきたいところです。しゃがむときにも、頭が動けてからだ全体がついていくようにして、背骨の長さを意識し続けることは大切なことだと思います。
図6.「ひざが前」と思ってしゃがむ
先生には「楽器を吹く時には、しゃがむ時の100万分の1の動きでいいから、動ける状態にしておいては?」とアドバイスを頂きました。
ただし、図7にあるように、一般的に、ひざを曲げると重心のバランスをとるために後傾になって、いわゆる“応援団が声を張り上げるときの姿勢”になりやすくなります。この姿勢だと腹直筋に力が入って、逆に呼吸をするのにパワーが必要になります。
また、胸骨が前にいこうとすると、同様に重心のバランスをとるために前傾になって、ひざが伸びやすくなります。すると、股関節が固まってしまい、呼吸に悪影響がいくことも少なくありません。
図7.重心のバランスと姿勢の変化
トランペットの人に多いような気もしますが、私はどちらかというと上図の左側にあるように、”応援団が声を張り上げるときの姿勢”に近い感じで吹く習慣があります(そこまでは反りませんが…)。
私が長年培ってきた強固な習慣は、楽器を構えた瞬間に「スイッチON!」と実によくはたらいてくれてしまうので(これだけ強固なのはある意味感心しています)、今はこことじっくりつきあっているところです。
ただ、本当に脚が自由に使えて、脚からのサポートがうまく使えていると、息の流れも全然変わるし、めちゃくちゃ燃費の良い車になった気分で演奏できる(息がすぐになくなってしまうくらいにスムーズに息が流れる)ようになります。
「うまく脚が使えているな」と思うときは、まず”息の流れ”や”音の活力”が違うと感じることが一番ですが、からだへのフィードバックとしては、脚で地面を踏みしめたときにはたらく反作用の力を地面からもらって、上向きの力が強くはたらくように感じることが多い気がしています。
もちろん、この”体の感覚”をあてにしていくと、逆に脚で地面を蹴ろうと余計な力を加えるためにどこかが固まってしまったりということも起きてきそうなので、そこを頼りにするのはやめておこうと思いますが、これからの練習の中で、自分のからだと音がどんなフィードバックをしてくれるのかは、楽しみながら観察していこうと思います。
いろいろ実験しながら、脚を演奏の仲間に入れてあげて、特に座奏のときに起こる様々なことを観察しながら、必要なことを選びとって演奏できるようにこれからも探究していきたいです。
★参考文献
- ブランディーヌ・カレ-ジュルマン「新 動きの解剖学」(科学新聞社、2009)
- 「プロが教える 骨と関節のしくみ・はたらき パーフェクト事典」石井直方、岡田隆 (ナツメ社、2013)
- 「プロが教える 筋肉のしくみ・はたらき パーフェクト事典」石井直方、荒川裕志(ナツメ社、2012)
※記事中の図は、我が家にある骨格標本を写真に撮って加工したものなので、実際の骨格とは若干異なっていることがあります。ご了承ください。
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