「○○を使わなければ」と思うか、「○○も使うことができる」と思うか。

楽器の練習をしていると、つい目の前の手っ取り早い結果を求めて、方法論に偏ってしまうこともあるような気がします。

私自身、昔はアンブシュアの形や位置にこだわって、鏡を見ながら吹いたり、調子の良い時のアンブシュアを写真に撮って比較してみたり、いろいろやっていました。

でも結局出てきた音に注目して、いい響きや音色を追究していけば自然にアンブシュアも息の流れもできるのだろうなと最近は思って練習しています。

一旦出してしまった息をコントロールすることはできないし、ただ遠くに飛ばそうとすると力みにつながることもあるけれど、これから出ていくであろう息がどんな風に流れていくのかをイメージしてただそこにある空気に流れをつくってあげるように吹いてみると、とても楽に音が響いてくれる気がします。

形にとらわれすぎている状態で、筋力(口輪筋、腹筋)に頼って、カチコチに固まった状態で吹いていたら、音も響かないし、バテるのも早いのは当然のことです。でも、形と筋力にこだわっていた時期は長くて、今思うと随分遠回りしてしまったなと。もっと伸び伸びと音楽にこだわってやりたいものです。。

何かにこだわりを持って、とことん探究していくことは素敵なことです。ただ、そのこだわりが自分のことを雁字搦めに縛ってしまうと、探究の邪魔になってしまうことがあります。こだわりを持つとしたら、方法ではなく、目指したいことにこだわりを持って、試行錯誤してみるのがいいかもしれません。
良いと思う方法があったら試してみることも大切です。

でも、その方法にこだわりすぎるあまり、自分の力を本当に発揮できるところを見失ってしまうのは本末転倒です。

体の構造や使い方を知っていることは大切ですが、それを上手く使いこなすために音楽をやっているわけでもありません。だからこそ、奏でたい音楽があって、そのために必要だと思うことをやって、結果として使えている状態を目指すのが本当のあり方のように感じます。

生徒にやり方を押し付けるのでもなく、一つのきっかけだと思って、やってみてよいと思う方法をとりいれていけたらいい気がします。

 

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