「部活廃止論」に思うこと

最近部活廃止論の方にフォローして頂いたり、メッセージを頂くことも多いのですが、私はどちらかと言えば部活推進派です。

確かに学校は「学ぶ場」です。でも、教科の学習はもちろんのこと、総合的にいろいろなことを学ぶ場なのだと思います。そういう意味でも、部活はうまく利用すれば、子どもの様々な面を引き出すチャンスにすることができるように思います。

だからといって、部活廃止論の方の意見を全て否定するつもりはありません。それほど現場には様々な問題がありますし、苦しんでいる生徒や苦しまれている先生方もいらっしゃるからです。現状のままではいけないと思うことはたくさんあります。廃止というのも一つの考え方だと思いますが、私は部活を利用する道を模索したいと思っています。

「部活問題」と呼ばれる一連の課題の根幹にあるのは「強制力」というところにあるような気がしています。 もちろん人によって感じ方は違いますから、同じような条件でも強制力を感じる人と感じない人はいますし、集団で何かをする以上、どこかでルールのようなものがないと収拾がつかなくなってしまうのも事実です。

どこで線引きをすればよいのかは、とても難しいところです。もっとやりたい、まだまだやれると感じている人もいれば、もうこれ以上は無理だと感じている人もいるからです。

現在、様々な事情から部活動顧問のなり手(やりたいと思っている教員)が減っているのも事実です。自分の周りを見回してみても、公立私立問わず、教員の仕事は多岐に渡ってきていると思いますし、本来一番核になるはずの授業準備や生徒の個別対応などに使う時間がなかなかとりづらくなっているように思います。

教員になろうと思ってなった人なら、授業をより良いものにしたいという思いだったり、生徒一人ひとりを大切に育てたいと思う気持ちはどこかにあるはずです。だからこそ、やるからには授業も担任も分掌も部活動も真面目に頑張らなくてはいけないという責任感を持ってやっている先生も多いと思います。でも実際には使える時間というものは限られていて、真面目にやろうとすればするほど時間が足りず、どれも中途半端に終わってしまうことも少なくありません。すべてを完璧にこなすことができるスーパー先生はそう滅多にいるものではありません。

こうした教員の多忙感だけでなく、専門外の競技監督を素人が行うという心配もあります。特に運動部などでは命に関わる事例もあり、危険が伴うこともあります。文化部であっても、よくわからないで指導している結果、スパルタ根性論指導になってしまうこともあります。

また生徒に関わる面としても、部活強制加入の問題や、部内イジメの問題、大学入試改革による学業との両立の心配などもありますし、改善できるところはした方がいいところもたくさんあるように思います。

ただ、それら一連の動きと、部活廃止論とは区別すべきだと私は考えています。それは、部活動でも学習指導要領でも、制度自体が問題なのではなくて、その運用方法に課題があると思うからです。

部活廃止に動く前に、まず改善できるべきところはないかを考えてみることです。その第一歩として、教育の場で行う活動だからこそ、何を大切にしたらよいのかを考えることが必要です。

確かに運動部などでは、負け続けてしまったら子どもたちのモチベーションも下がってしまいますし、勝ち負けの要素も大切だと思います。でも本当に大切なのは、勝ち負けの結果ではなくて、そこに向かっていく過程で何を身につけるかなのだと思います。吹奏楽でも同じようなことがいえると思います。

部活動がきっかけでプロになる人はいますが、部活動は決してプロ養成機関というわけではありません。だから部活だけやっていればいいというのはまた偏っていると思います。でも学校という場で、子どもたちがいろいろ活躍できる場所、教科の学習だけでは身に付けられないことを学ぶ場所は必要です。

生徒が授業で見せる顔、クラスで見せる顔、部活で見せる顔はちょっとずつ違いますから、教員にとっても一人の生徒をいろんな視点でとらえて、その子の力を引き出すヒントにもなっているように思います。

どのような部活動のあり方がよいのかは、学校のおかれている環境や子どもたちの様子によっても少しずつ違ってきます。一律に「これがいい」という方法を決めることはできません。目の前にいる子どもたちが楽しく学校生活を送り、様々な経験を通して広く学んでいける環境づくりを考えたいものです。

部活や学校のあり方自体が見直すべき時期にきていることは否めません。ただ多感な時期に感性を磨く様々な体験ができる可能性は残しておきたいものです。

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「部活廃止論」に思うこと” への2件のコメント

  1. 失礼、自分は先輩禁止論者なんだけど。
    部活で問題なのは上下関係だと思うの。
    これからグローバル化して、年齢関係なく中途採用が広がる。1歳差での上下関係って必要なのかなって。

    自分達視点からしても、1歳差で上下ができるなんてつまらないし、海外視点からしたらそんな国嫌だ。パワハラの源泉でもある。辛ければ文化なら正しいわけじゃない。

    個人的には部活はあってもいいけど、いろいろな年齢の人が上下なく価値に向かうものじゃなければと思ってる、これからの社会のために

    • コメントありがとうございます。4年前に書いた記事なので、すっかり自分でもどのようなことを書いたのか覚えていなかったのですが、私も上下関係については、その通りだと思っています。そのあたりも含めて、今の部活のやり方で直していかなければいけないことはたくさんあると思います。ただ「だから部活廃止」というのもな、というのが私の立場です。

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